もうこれはそのとにかく読んでみたくなりました。前々から興味のある分野です。私は本当に宇宙が存在しているとするのならば、宇宙人(知的地球外生命体)は存在すると思っています。ただしそれが地球人と同時に存在する可能性は低いと思います。と言うのもドレイクの公式を見て頂ければわかりますが、地球人と同じような生命体が存在したとしてもその生命体と通信できる可能性だけを抜き出してもかなり難しい事がわかります。地球人類だって宇宙や地球の歴史に比べれば瞬く間も無い程の歴史しかなく、ほんの二千年足らず(いや、実際は百年でも)前になっただけで宇宙(地球外知的生命体)からの信号を受信する事は不可能だったでしょう。そう考えると圧倒的な時間や距離の中で知的生命体同士が交信できる可能性など無に近いと思います。
しかしながら無に近いだけで可能性がない訳ではない。明日突然現れるかもしれませんし、もしかしたらもう既に現れているのかもしれません。これはSF的な話をしたいのではなくて、そういう可能性もあるという事です。本の内容ではなく、橋本大也さんの書かれた記事の「宝くじに当たる確率は、当たるか、当たらないかの2分の1だ」と言った友人がいた
というのが面白かった。例えその確率が1/10000000000000000000だとしても、一回目で当たって残りの9999999999999999999回が外れる事もあれば、五回連続で当たって残りの…(略)が外れる事もある。まあそういう事なのでしょう。このような話をしていていつも思い出すのは、人類の最大の不幸は火星に生命が存在しなかった事だというような言葉です。誰が言ったのかも忘れましたし、言葉も正しいかどうか不明ですが、地球外に知的生命体が居れば、地球内の戦争は無くなるかもしれないという様な類の意味だったような気がします。外に争う相手が居ないから内部で分裂するという事でしょうか。
そして宇宙の話をする時に考える事がもう一つあって、それはこの世界の大きさについてです。宇宙は無限に広がり続けていると言いますが、それってどれくらい大きいのでしょうか。例えばその宇宙の外側について想いを馳せると、その外にはこことは時間の流れの違った世界があって、知的生命体や高度な文化が存在するのではないかと思ったりするのです。例えば私達が動物を飼育したりするように、その生命体は銀河を育てているという構図です。要するに私達の世界はその世界ではほんのちっぽけな、小学生が夏休みの自由課題で創った銀河の片隅の地球という所に暮らしているに過ぎない、そしてその世界の生命体からすれば私達は顕微鏡でやっと見えるくらいの大きさでしかないのではないかという様な想像です。
なんて考えてみても真実はわからないのですが、そんな風に想像力を働かせるのも時には面白いかなと思います。個人的には宇宙どころか、地球が丸い事も、世界や日本が地図のような形になっていることも、あまり信じていないのですが。
長文を書いているとそれに掛かりっきりになって他に好奇心をくすぐられた事に対しての文章が書けなくなる。いや、実際には書く気力を維持できなくなるのだ。という訳で幾つかの話題を混ぜ合わせて適当に流して書こうと思います。
私が情報フロンティア研究会関係で考察している間に界隈では言及リンク無しのトラックバックは○○というテーマや、有害情報判定委員会というテーマで盛り上がっていたらしいです。後者はともかくとしても前者は辟易しながらも参加したかったような気がします。どうもブログを中心としたマナー系の議論は尽きないようですね。まあ歴史が浅いのでそれも仕方の無いことなのでしょう。そうやって議論がされて行く中でやがては煮詰まり、残る主張や淘汰される主張が出てきて、そのうちに形になって行くのでしょう。そこでlivedoor Wikiの話を絡めて、ブログのまとめサイトをlivedoor Wikiで創ってみようかしらんなどと言ってみる。うん。言うだけで実行はしない。でもあったら面白いと思う。こんな議論がありましたみたいなまとめとか、ブログを始めるとこんな事に巻き込まれますとか、こう考えている人の割合が多いとか、ブログオーナーの意見や体験談が集まれば有益なサイトになると思う。簡単だからと勧められて何となく始めてしまい、結果的に嫌な思いをするなんて人も減るかも知れませんし。ブログとはどういった事が出来るのかとか、トラックバックを中心とした機能について誰かまとめてみませんか?それとも既にあるのでしょうか?
ところでWikiって簡単な様で難しいんですよね。管理するのとかデザインを弄るのとか。とてもブログもWebサイトも利用した事がないという人が手を出せる代物では無いと思いますし、ブログやSNSをやっている人やWebサイトを持っている人が母体を移す様な事は無いと思うのです。Wikiを主体に扱うには機能が特殊であり過ぎる気がするのですが。でもレンタルWikiというのは面白い気もしますね。ちょっとした可能性も感じます。いずれは同じようなまとめサイトが乱立するかもしれませんね。さて、このlivedoor Wikiの行く末はどうなるのでしょうか。遠くから見守りたいと思います。
前半は日本におけるインターネットの現状認識と発展についてまとめてありました。こんなわかりきった事でも上の人は真面目に考えているんだなと始めて知りました。別に皮肉ではなく、一サービスとしてのブログやSNSについての把握もしなければならない物なのだと認識させられたのです。
ちなみにこの報告書は、いかにICTを使いこなして新しい価値を能動的に創造できるのかについて、社会の情報化の現況や今後の展望に関する考察、象徴的な最先端事例の分析等を基に行ってきた議論の内容をとりまとめたものだそうです。どうもユビキタスとICTを中核とした話し合いが行われたようですね。それから個人の情報の扱いについての位置付けをかなり高い物として認識しているようです。そしてその個の力をいかに社会に産業に繋げて拡散させる事が出来るか、ユビキタス社会へと移行できるか、または想像もしない何か新しい物を生み出せるかなどが論旨であるように読めました。しかし私が今回興味を持ったのは匿名云々の議論についてなのでその他の関係ない箇所は飛ばします。
いよいよ提言部分ですが、何と前回は盛り込まれていなかった記述が提言1にされていました。それによると安心してICTが使える社会づくりを目指す為に個人のICT利用意識向上が必要で、その方法として義務教育課程におけるブログやSNSの導入(全生徒・児童のアカウント確保)
を考えているとの事です。更に詳しく引用しておきますと次のような提言がされています。
私たちは、今後の教育現場における取組に期待したい。学校とは人と人の間のコミュニケーション手法を学び、他人と交流する能力を養う場でもある。I CTを活用したコミュニケーション能力は学校で学ぶことが望ましい。 いわゆる情報検索・探索技術やネットを介した互学互習のやり方の習得といったことに加え、 ICTにより実現されるバーチャルな環境を、現実社会と同じ感覚で活用すること、 すなわち、サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と安全に交流することを自然の術として身につけるための教育が必要である。 具体的には、ブログやSNSの仕組みを学校に導入することを提案する。 学校の中でセキュアなネットワークを整備した上で、児童・生徒が自らのアカウントを持ち、実名でブログやSNSを用いて他の児童・生徒と交流することでネットワークへの親近感を養うとともに、ネット上での誹謗中傷やプライバシー侵害等に対する実地的な安全の守り方も同時並行的に学ぶことが重要である。情報フロンティア研究会報告書
これで速報の記事に対して反射的に何かを書いてしまった人もこれで安心かもしれませんね。もうこれについての異論反論は出尽くしたでしょうからここでは言及しません。私の意見もチラッとですが先日書きました。実名云々についても触れられているので書きたい所ですが、ここで手を出すと前回の話とリンクしてしまい話が入り乱れてしまうので止めておこうと思います。それでも一つだけ思うのは、実名でWWWを利用する事を学んだ子供が、実際には匿名とされているWWWに飛び込んだ時の事が気になります。
それではここからが本題である提言3の箇所に入ります。ここから引用する文章はICTを利活用して個人と個人が信頼感にもとづく水平的な社会ネットワークを発展させ、活力と温もりある社会を形成するため
の提言である事を頭の隅にでも置いておいて下さい。
日本の社会では情報ネットワークが匿名であるという認識に基づいて色々な活動が行われているがゆえに、社会生活全般においてICTが利活用されていく活力が高まらず、社会心理的なデジタルデバイドと言うべき、サイバースペースへの忌避感が拡がっている。そのため、ある程度高度なICTを活用している層においても、その活動量、活力は、他の社会に比べて低いことも指摘されている。 情報フロンティア研究会報告書
匿名であるという認識に基づいてというのが微妙ですね。匿名であるという認識をしているのはユーザですか?それとも情報フロンティア研究会ですか?わかり難い表現ですね。おそらく前者だと思うのですが、そう思うのは
日本社会では、ネットワークを利用する者としての 自覚が社会的に十分に形成されているとは言い難い。とくに、サイバースペー スが匿名性の高い空間として認識され、極端な場合、ばれなければ何をしても いいという安易な発想すら助長する傾向を持っている。情報化社会の若者は、 膨大な情報メディア環境の中で、自分にとって必要な情報のみを取り入れるフ ィルターを構築し、その内向きな情報環境の中に閉じこもり、自分の領域に対 する他者の侵入をできる限り排除しようとするだけでなく、相手の心に踏み込 んで感情や行動に影響を与えないように距離を置く強い傾向も一部観察されて いる。情報フロンティア研究会報告書
という記述が見られるからです。匿名性の高い空間として認識され
ということは、匿名であると位置づけているのではなく、匿名であると認識されていると位置づけているということになるのでしょうね。つまりは匿名ではないのに匿名であると認識されて情報発信などの活動が行われている事がまずいという事でしょうか。だとしたら実名にするのではなく、必ず身元がわかりますよという認識を広めようとする努力の方がよっぽど利に適っていると思うのですが。
え〜っと、また見落としたのかもしれませんが、匿名や実名に関する記述はこれくらいしか見当たりませんでした。いったいどこにネットが持つ匿名性を排除し、実名でのネット利用を促す取り組みに着手する方針
が書かれていたのでしょうか。他に書かれているとしたら先に引用した教育現場での取り組みについてくらいしか見当たりませんでした。現状の確実に存在する匿名性を払拭する為の取り組みについてはなんら言及されていないようです。現行のシステムを再構築しようとしないで、教育レベルから変えて行こうとしても、その教育や通念が浸透するのにいったいどれだけの時間が掛かるでしょうか。抜本的な改革を進める為にはそういった活動も必要だとは思いますが、それだけではなく、現行のシステムを刷新するような活動も同時に行わないと効果は得られないでしょう。そして少々落胆したのは期待したいという言葉を用いている事です。
何だか実名でネットを活用する事に対しての問題点を書いていこうと思ったのですが、少し気を削がれましたね。もっと大胆にネット利用は実名でと書かれていて、それを実現する為の具体的な提案などが書かれていると思ったのですが期待はずれでした。ですので少し話が逸れますが、実名を晒した場合の問題点を列挙して終わりたいと思います。私の言う実名の定義は匿名とか実名とかに書いてあります。
先ずは実名を晒す事は人権擁護法案と照らし合わせた場合に多くの矛盾を含むのではないかということです。私個人としては人権擁護法案自体がかなりの問題を含んでいると思うので、それと比べるのは不毛だと思いますが、両方通るということだけはあってはならない事だと思います。私なんかは名前も顔も住所も電話番号もあちらこちらに晒しながら生活していますから、病院で患者の名前を呼ばないなどといった、人為的なミスを助長するような過度の個人情報の秘匿はくだらないなぁと思っています(気にする人も居るのはわかります)。そもそも住民基本台帳を誰もが見られるような状態でも問題だとは思わなかった人達が、今更個人情報がどうだとか平気な顔で論じられるのが凄いと思います。
さて次に匿名である事が犯罪の温床になっているのかという事ですが、これは少なからずある事でしょう。しかしながらこれは匿名である事そのものよりも、取締りが緩い事にも起因しているのではないでしょうか。情報を規制(取り締まりを)する事とICTリテラシーを養う事はこれまた矛盾します。情報の規制についてはこんな記事やこんな報道がなされ、新たな火種になっているので別途書く機会があるかもしれません。
そして一番強く思うのは実名を発表した時の危険性です。実際に実名を公表している人の中にはそれほど危険は無いとか住所まで調べて接触してくる事はまず無いとか、可能性は殆ど無いとか言いますが、絶対に無いと言い切れるのでしょうか。そして何かが起こった時に責任を取れるのでしょうか。現状でも(ネット)ストーカーの被害に遭われている人もいるようですし、その昔には新潟かどこかで殺人事件まで起こったそうです(すいません情報源が確かではありませんので事実に反するかもしれません)。そういった事が起こる可能性が低くとも、一件でも起こってはならないのです。そういった事を考慮すると匿名にする必要性は崩れないと思うのです。しかし実名にすべき場合も存在します。という事はここで問題点の細分化が必要になるという事でしょう。
それでは前提条件について考え直してみます。ここではわかり難いですが、匿名にする必要性から考えれば上手くまとまりそうな気がします。なぜ人は匿名にするのか。目的は一つだけで、実の部分の自分との繋がりを絶つことですが、その理由は大きく二つ(必要ならば更なる細分化も)に分ける事が出来るでしょう。一つ目は純粋な身の安全の為に自分の住所を秘匿する場合で、もう一つは悪事を働いた時に身元がわからないようにする為です。この二つを合わせて論じようとするからあたかも匿名論者と実名論者に別かれているような構図になってしまうのでしょう。全てを匿名にするか、全てを実名にするかという極端な思想は止めて、きちんとした規律をそこに創れば良いのです。その方法や決まりは私がここで述べられるような簡単なシステムではないと思うので言及しませんが、その辺りの事を情報フロンティア研究会を始めとした組織が考えてくれればなと思います。
それから最後にもう一つ。実名にすべき場合というのも考慮に入れなければなりませんね。アメリカなどでは個人のブログが社会に影響を与える事があるようですが、その辺りの事はブロガーの増加が「匿名」を吹き飛ばす? 米国の例に学ぶや実名か匿名かの境界は、アイデンティティがあるかどうかの記事を中心に読んで頂けるとわかり易いかと思われます。それが例え個人の主張であろうとも、実名で行う事による影響力や、著作権問題に関わる場合などを考慮すると、そういった場合も実名である事が望ましい(もしくはなければならない)ように思います。ただしこれについてはやや推敲が足りないために、外している可能性もあるので話半分に読んで下さい。
なんだかんだで長くなってしまいましたが、この議論はまだまだ続く事でしょう。興味が薄れなければまた記事を書く日が訪れるかもしれません。個人的には長いだけで要点の絞られていないあまり納得のいくエントリに仕上げられなかった気がしていて残念ですが、こういう事も多々あります。きっと問題点が大きすぎたのでしょう。また気が向いた時にでも書き直すか、適当に修正したいと思います。
今日のエントリはこの記事を受けての反応なのですが、例によって例の如くこれは先取りの報道であって、事実がどうなるのかは今週初めに発表されるという総務省の情報フロンティア研究会の最終報告書を読んでみない事には何もわからない。ですのでそれについて書くのは時期尚早でしょう。それにも拘らずこうして書いているのは、おそらくそれについて書く時に、匿名や実名についての考え方が不可欠になるのではないかと思うので、先に自分の意見をまとめてしまおうという話です。
匿名について語るにあたって幾つかの疑問が生じました。その中でも代表的なのが、そもそも匿名とは何なのかという事とインターネットってそれほど匿名性の高いものなのかという事です。インターネット上での匿名の定義が曖昧過ぎて論じるにも骨が折れます。例えば私のraraという所謂ハンドルネームも匿名なのでしょうか。匿名だとしたらそれではこれがなんという名前だったら匿名ではなくなるのか、そしてそれが匿名では無いと判断する為には何が必要なのか、そう考えた場合には戸籍の話にまで発展してしまい、収集がつかなくなってしまうでしょう。全ての人が実名でインターネットを利用しなければならなくなった場合の時を考えると、接続業者との契約の時点で名前が決められる事になり、国内のインターネットをそのようなシステムに再構築するには相当の労力と時間が掛かると思われます。それはまず不可能でしょう。ほら話が分散してきて良くわからなくなってきた。
話を戻すと匿名とは何なのかという話です。芸能人と呼ばれている人達が使用している芸名はどうなるのでしょうか。おそらくそれは匿名ではないと判断されるのでしょう。それはなぜか。私は名と実が結びつくからだと思うのです。つまりはそれを逆に言い換えると名前と実が結びつかないものを匿名とするのが妥当なのではないかという訳です。その考えからいくと、インターネットと言うものはそれほど匿名性の高いものでは無いと思うのです。技術的な事はわかりませんが、完全匿名にする事は可能なのでしょうか。簡単だと仰る方もいれば、無理だ、もしくはやるにしても相当のコストや労力がかかると仰る方もいて判断がつかないのですが、それは現実社会でも同じではないかと思うのです。調べようと思えば調べられるが、そのコストや労力に差が出る。その話を匿名だとか実名だとかにすり替えるのはお門違いなのではないでしょうか。
という訳で匿名であるとか実名であるとかにそれほど意味があるのではなく、現実社会で生活している実の部分にどれだけ簡単に接触できるかが問題なのでしょう。そう思うのは、私の本名(戸籍上の名前)が篠井水流だとここに発表した場合、rara=篠井水流という関係がわかる訳ですが、そこから現実社会に生きる篠井水流に対して「こんにちはraraさん」と話しかける事ができるようになるまでにどれ位の手順を踏まなければならないでしょうか。しかも普段はある家元の十四代目で三條院飛鳥という名で世間に知られているとしたら、私の実名とはどれになるのでしょうか。さらに極近い仲間内ではやはりららという通称で呼ばれていたり、言霊思想があり、その真名は本人である私ですら知らないとしたらいったいどれが実名になるのでしょうか。例えそのどれかの実名を使用していたとしても、人によってはそれは君の本名ではないだろうと思われてしまいます。そうなるとその名前が作り物や嘘であることを見分ける必要はなく、それぞれの名前が横の繋がりを持っているか、そして最終的には実の部分に結びつくかが問題になるのではないかと考える訳です。という事はここでは篠井水流という名前も三條院飛鳥という名前も何の意味を持たず、例えばそれがジェニファーだろうとポチだろうと変わりはなく、ここで私というものを表している名はraraでしかないのだなあと改めて実感してみています。
そう考えるとやはり匿名云々は繋がりに過ぎないんだなと思うのです。raraも篠井水流も三條院飛鳥もららも同じ人物であり、篠井水流である私と接している人にとっては三條院飛鳥は仮の名であり匿名に過ぎず、それはどの面から見ても同じことです。例えばオフ会でも開いてraraである私と接した人にとっては他の名は全て意味の薄い名になります。その人にとってはraraが私の実名になり得るのです。だからおそらく匿名というのはその人の住所、存在している場所に辿り着けない物であって、実名というのは簡単に本人に辿り着ける物をいうのでしょう。だとしたらその名は何でも良くて、結局それは名前云々の話ではなくて、詰まるところネットを利用する場合は住所(接続先)を公開しなければならないと同義になると思うのです。
そこで二つ目のインターネットってそれほど匿名性の高いものなのかという疑問に繋がります。例えば私の住んでいる場所って調べられますか。簡単ですよね。接続業者に情報の提供を求めれば良い(それができる権限があるかどうかは別の議論)。まったく匿名性の欠片もありません。世の中には色々な技術があって、高い匿名性を保持する事も可能なのかもしれませんが、それが可能で、日常的に利用している人はどれくらい居るのでしょうか。恐らくその殆どが少し調べれば辿れる位の距離にしか居ないでしょう。これのどこが匿名社会なのか理解できません。私がある特定の人物の戸籍上の名前や接続元の住所を簡単に知ることはまず不可能ですが、それは匿名性が高いというのでしょうか。ある権限を持った組織(直接的に言えば現状では警察)がそれを把握できればそれで良いのではないかと思うのです。それともそれすら難しいのでしょうか。確かにネット上には取り締まるべき情報が無数と言っても良いほどに存在して、その全てを辿るのは不可能かもしれませんが、現状ではまだまだ怠慢だと言われてしかるべきレベルだと思うのです。
そしてここから匿名もしくは実名でインターネットを利用することについての意見を書いていくという流れなのですが、それは先にも述べた通り、情報フロンティア研究会の最終報告書を読んでからにしようと思います。おそらく個人情報の保護法案との矛盾点、個人情報の過度の秘匿、匿名である事が犯罪の温床になっているのか、匿名でも実名でも犯罪は犯罪だということ、ICTリテラシー教育とのズレ、問題点の細分化、情報量を制限(されないだろうが)する事によるデメリットなどの観点から記事を書くことになると思いますが、もしかしたら書かないかもしれません。
ちんたらとそんなことを書いていたら情報フロンティア研究会報告書(PDFファイル)が公表されました。これから読んでみようと思います(もう飽きましたが)。PDFファイルでは読み難いと仰る方は徳保さんが主要資料をHTML文書へ再構成して下さっているのでそちらをお読みになられてはいかがでしょうか。もちろん転載物を読む時の注意点を忘れないようにして下さい。
もうあえて説明する必要もないであろうBatonについてです。知らない人はこの辺りから幾つかのサイトに行って見て下さい。今回はそのもの自体について言及するのも野暮なので、その有効な利用法が何かないのかと考えています。
Musical Batonから始まったらしいこの遊びは、急速な広がりをみせました。これは説明するにも億劫な程の多くの相乗効果があっての事でしょう。その広がりと共に当然の事ながら亜種が派生しました。ゲームに関するもの、本に関するものなどです。そしてどんなバトンがどれだけ回って来たかを計る様なBaton Batonなるものも登場し、そろそろ終息に向かっているようです。いや、もう終わっているのかもしれません。
しかしながらこれ程の感染力を帯びた事象を遊びだけで終わらせるのは勿体無い気がします。遊びだからこそ広まったという側面もありますが、誰かが言った陰謀説のように、実は何かのマーケティングだったとしたらそれなりの情報収集はできたのではないかと思うのです。人はそこに商業的な何かを嗅ぎ取ると途端に反発の気が強くなるので、そのような商業的で営利目的の利用法ではなく、人助けやボランティア活動的な行いを広める事は出来ないのでしょうか。要するにペイフォワード的な発想です。しかしこれも偽善的だということで敬遠されるのかもしれません。
例えばどのような事が考えられるかと訊かれても私の貧弱な頭からは何も出てこないのですが、このエントリを読んだ数人がこの提案自体を広めてくれれば誰かが妙案を思いつくかもしれません。そしてそれがまた広まって、更に亜種が派生してと、より多くの人が幸せになるような、もしくは困っている人が助かるようなBatonが現実になればなぁと思います。もちろんこのBatonには前述した欠点の他にも致命的な欠陥があります。新潟中越地震の後に起こったチェーンメールのような問題が起こったり、人の好意を利用したり、善意につけ込んだりする人間がいることです。残念ながらこれを制御する事は出来ないし、見分ける事も不可能でしょう。それが出来るのならば戦争なんてとうの昔に無くなっているはずです。本当に人間という生き物は救い難い生き物だ…などと悲観するのは簡単ですが、それはこのエントリの信念に反するので止めておこうと思います。それでは人の善意に溢れた平和な世の中が訪れる日が来ることを願ってここに発信します。
なにか先を越された感がありますが、※これ、ネタとして理解してくれないと、かなりキツいなぁ…
との事ですので、私は少々真面目に(ネタではないという意味)考えてみます。コメント欄にはネタとして扱う事に対しての反対意見がありますが、私は無断トラックバック禁止とブックマーク禁止やトラックバックポリシーで述べた通りの意見を持っているので、あくまでオレルールの提示をわかり易くする為にトラックバックバナーを利用するのは構わないのではないかと思います。
さらに加えて言えばそれについてブログについて余り詳しくない初心者を捕まえて「晒し上げて皆で馬鹿にしよう」としているように見えてしまいます。
のような意見を持つ事自体がズレている気がします。この考えは無断トラックバック禁止バナーを掲示しているサイトはブログについて余り詳しくない初心者だとPSYCHOさんが見做しているに過ぎないですよね。Leftyさんのあまり趣味がいいとは思えないです。
という発言も同じです(それほど感じている訳でも無いようですが)。しかし私は前述した通りそうは思いません。トラックバック・ポリシーを作ろう。ルールやマナーに悩む人のための作成ガイドにトラックバックしているサイトオーナーの方々の意見も様々であることからもわかる様に、トラックバックについてのマナー(と呼ばれているもの)は十人十色です。確かにトラックバックを自由に許容しているサイトが多いのが現状ですが、それが全てではありませんし、それが正しくて、そうしなければならない訳でもありません。自分の管理しているサイトにオレルールが存在したとしてもなんら引け目を感じることもなければ、晒されて馬鹿にされる事でもない筈です。そしてそれを気に病む必要もありませんし、神経質になる必要もないでしょう。つまりは多数派層が必ずしも正しい形であって、少数派が淘汰される必要は無いのではないかという事です。もちろんそれをどう見るかは閲覧者の勝手ですが、無断トラックバック禁止と謳っているサイトにわざわざトラックバックをする必要も無いでしょうし、それを積極的に改めさせる必要もないと思います(そうする事を止めようとも思いませんが)。もちろん私個人としては無断トラックバック禁止とブックマーク禁止で述べた通り、無断トラックバック禁止が蔓延する事に対しては危機感を覚えますし、反対運動をしていますが、それは自分の利便性を損なわないようにする為の消極的な主張であって、何かと争う姿勢ではありません。
という訳でLeftyさんが「無断トラックバック禁止バナー!」数ヶ月以内に誰かが作って使い出すと思います。「名前を付けると実体化する」んですよ…。
と仰ったからという訳ではありませんが、作ってみました。と言うよりも、前から作ってあったのを公開します。自分が使用しないので発表の機会が無かっただけです。その点では発表する機会が訪れて好運だったかなと思います。
その多くがブログで使われるであろう事からミニバナーの形にしてみました。制作にはantipop.gsさんのButton Maker for Japaneseを使用させて頂きました。ありがとうございます。
勘違いしないで欲しいのは、考え方が真面目なのであって、バナー自体はお遊びです。これが広まる可能性など考慮していません。個人的には広まらない自信があるのですが、それが結果として広まってしまうという事があったとしても、それは遅かれ早かれ誰かがする事です(だからと言って発信者にはなるべきでは無いのは承知しています)。使用する人が居るか居ないかは判断できませんが、別にこのバナーを掲示したからといってどうなる物でもありません。本当に無断トラックバックを禁止したいのならばそれなりの手段を講じるべきでしょう。
使い方としては、ご自身のブログ内のトラックバックに関する考え方が書いてあるページへのリンクボタンとして使用を考えていますが、あくまでも妄想です。勝手に使用してもらっても構いませんが必ずダウンロードしてからご利用下さい。画像の直リンクはご勘弁下さいますようお願い申し上げます。画像は全て横80px 縦15pxでpng形式です。容量は800バイト前後です。
ついでにブックマーク禁止バナーと無断リンク禁止バナーも作ってみましたが、これはいくらオレルールの範囲内だとしても嘲笑され、無視される可能性が大なので使用しない方が良いでしょう。
最後に、このエントリは無断トラックバック禁止とブックマーク禁止と比べて頂けるとわかりますが、私個人の意見に関して多分に矛盾が含まれています。それは文章の趣旨に基づくものであって、意図的なものですので悪しからずご了承下さいますようお願い申し上げます。
もう終わった感がなくもないですが、事の発端は読売新聞がWebサイトで子どもはみなブログを持て!という記事を掲載した事に始まります。これに対してブロガー達が多くの異論や反論を唱えました。その結果子供にブログぅ?!…ブロガーたちが大ブーイングなどという記事が更に加えられたという流れです。
私は読売新聞の記事が何かズレているなと思いつつも静観していたのですが、遅ればせながらそれを書きたいと思います。先ずは情報フロンティア研究会報告書(案)のどこに子どもはみなブログを持て!
とかあらゆる児童・生徒がブログを持つべき
と書いてあるのでしょうか。私に見落としがあるのかもしれませんが、
こうした課題を克服する方策の一つは、義務教育課程である初等・中等教育の段階で高度なICTリテラシー教育を行うことである。個人のICT利用意識の向上にも関連するが、ICTにより実現されるバーチャルな環境を、現実社会と同じ感覚で活用すること、すなわち、サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と交流することを自然の術として身につけるための教育が必要である。 情報フロンティア研究会報告書(案)
と書いてあるだけで、どこにもブログという言葉は登場しません。確かにブログについての位置づけに関して注目しているという文章がありますが、それが特にICTと結びつけて書いてあることは無いようです。もちろん読み方によってはサイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と交流すること
という箇所を抜き出して考えれば、その役割を担う物としてブログやSNSが登場するのかもしれませんが、読売新聞の記事も含めて、そのような読み方はある意味では曲解でしょう。そう思うのは次のような提言もあったからです。
一方、既に義務教育課程を修了している大多数の世代について同様の高度なICTリテラシーを授けるのは困難であるが、地道に啓発を続けるしかなく、例えばブログ等の簡便な情報発信・交流ツールの普及がその一助になると思われる。 情報フロンティア研究会報告書(案)
つまりは義務教育の最中である子供ではなく、義務教育を終えた大多数の世代が高度なICTリテラシーを授かる為にブログ等のツールがその助けになるという事だ。言っている事がまるで逆である。子供はその教育過程においてサイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と交流すること
を学び、既に義務教育を終えた世代はブログ等の簡便な情報発信・交流ツール
を用いて高度なICTリテラシーを授かりましょうという話なのだ。それが何をどう間違えたら子どもはみなブログを持て!というような話になったのでしょう。百歩譲ったとしても、ブログはICTリテラシーを授かる為のツールとして適当だ。それは大人も子供も同じであるという解釈しかできないのですが。
と、まあここまでツラツラと書きましたが、私はそんな事を書きたいのではなく、漠然と感じる不安について書きたいのです。私は子供がブログを持つのには反対ですが、ある厳しい一定の条件の範囲内なら良いと思います。しかしそれでは結局の所ICTリテラシー教育にはならないと思うのです。その条件とは親や教師が全てを把握する事です。そして問題が起こった時に適切な対処ができる能力を身につけている事です。これは簡単な事のように見えて難しい。そして必要なさそうに見えて必要です。これができなければ悲劇は繰り返されるでしょう。ここで言う悲劇とは様々な事件のことを言っています。しかし私が顕著に思い出すのは長崎県の佐世保市立大久保小学校で起こった事件です。その流れについては此処では追いませんが、周知の事でしょう。簡単に言えば匿名であるが上の暴挙。そしてそれが誰であるか判明した時の顛末。それが恐ろしいのです。逆に言えばこういった側面があるからこそブログがICTリテラシー教育に適しているのでしょうがやはり怖いです。これは公開の範囲を学校内に狭めたりPASS制にしたところで同じ事です。私はWWWに子供達のブログが広まる事や、ブログを強制する事などについて思慮している訳ではありません。
ネットを少なからず利用している人はこの世界が現実の一端でありながら、現実とは全く違う世界である事を知っています。特にブログを開設して横の繋がりを把握したり、多くの人間(もしくは人格)と接する事によって、その有益性や不気味さを味わっているしている筈です。つまりはブログを行う事によってICTリテラシーが養われているというのは事実だと実感しているでしょう。その人々(私も含めて)が子供にブログを持たせるのは良くないと反発するのには数々の理由があることでしょうが、私はICTリテラシー云々よりも、もっと他に教えなければならないことがあると思うが為の反発です。或いは危機管理とでも言いましょうか。最後に、教育を受けるべきなのは教育を施す側なのではないかと書いて、一先ず終わろうかと思います。
アドレスだけですいません。どうやらリンクをするのにも許可がいるそうなので、この形になりました。何とも不便ですが、リンク先のルールを尊重した結果ですのでご理解ください。追記です。どうやらエントリを削除してトラックバックも受け付けないようにしたらしいです。おかげでこのエントリが何の意味も成さなくなってしまいました。引用して置けば良かったです。一応キャッシュは残っています。
この手の議論に反応するのは止めたいと思うのですが、このような意見が一般認識として広がるのは恐ろしい事だと思う。別に私はゆゆさんの主張が間違っているとは思わない。自分の管理しているブログ内の所謂オレルールがあって、それを独り言として主張するのならば、多くの人が「自由にトラックバックをしても構いませんよ」と注記しているのとなんら変わらないからだ。私もトラックバックについての考え方を掲げている。
それで引用を用いてだらだらと長い文章を書こうと思ったのですが、周知の事だと思うので止めました。簡単に述べるのならば、トラックバック云々でサイトのオーナーが嬉しいとかそういった感情を抱くものなのでしょうか。私はトラックバックはあくまでも読者の為にある機能であって、それ以上でも以下でもありません。どちらかと言えば、いちいち許可を求めたり挨拶をしたりする文章の方がよっぽど目障りで不愉快だと思うのですが。
そんな私の主張よりも単純な提案を。オレルールを守って欲しければそれとわかるように注記してみてはいかがでしょうか。それ専用のエントリを書いて、Trackback Ping-URLの横にリンクしておく。まあそれだけでは弱いかもしれないので、この際Trackback Ping-URLは表示しないというのはどうでしょうか。コメント送信完了画面に表示させるとか、返信メールに記入するなど、それなりに自衛の手段はあるはずなのですがどうでしょうか。と書いてもリンクすらしていないのでリファラも送れない。その結果ゆゆさんがこの記事を読む日が来るとは思えませんが、トラックバックについてゆゆさんと同様の意見をお持ちの誰かの参考になればと思います。
そう言えば最近徳保さんの記事で知ったのですが、ブックマーク禁止なる騒ぎがあって、そのサイトのオーナーはパスワード制にするという手段を講じたようです。オレルールを守らせる為に有効な手段だったのでしょうか。その為にコミュニティーを狭くしてしまって本末転倒になっていなければ良いのですが。ところでどうしてブログをやっているのでしょうか。そういった目的ならばSNSで宜しいのではないかと思うのですが。
説明は不要でしょう。とにかく右上のSatelliteをクリックして衛星写真を見てみて下さい。日本も東京を中心に各地を観る事が可能です。もちろん世界各国も閲覧可能です。縮尺を拡大すればするほど、その鮮明さに驚きと感動を覚えます。そしてそれと同時に恐怖も感じることでしょう。さらに恐怖と感動を味わいたい方はGoogle Earthについて調べてみると良いかもしれません。こんな講演もあったようです。なぜか皆さん手放しで感嘆したり喜んだりしているようですが、何か少し怖くないのでしょうか?ちょっと不思議です。まあおそらくカーナビゲーションシステムなどの普及も手伝って感覚が麻痺しているのか、それとも私の感覚がズレているのかのどちらかなのでしょう。
先日のCSSで画像ポップアップに続いて再び弄ってみました。実用性は確かに微妙ですね。でも各所フォーラムを回っているとこの手の質問も少なくないので意外と需要があるかもしれません。まあ大抵の場合はテーブルレイアウトで解決してしまう場合が多いのですが。
色々書くのはスペース的に無理がありますし、実際にこのページで表現するにしては事情が特殊なのでサンプルを置いておこうと思います。もちろん同じ物を書いてもただのパクリで何の意味も成さないので手を加えています。e-luckさんのサンプルでは、おそらくスクロールが生じた時に画面中央には表示されなくなってしまうと思うので、その辺りを中心に加工してみました(アイディアだけ貰って勝手に利用してしまってすいません)。最初に断って置きますが閲覧想定環境のみでしか確認していませんのでご注意下さい。
<p id="cent"> 中央に表示させたい要素 </p> <div id="waku"> fixedが効かないIE用の擬似bodyの様なもの </div>
html,body {
margin:0px;
padding: 0px;
}
body {
background:#fff;
height: 100%;
_overflow: hidden;
}
div#waku {
overflow: auto;
height: 100%;
}
p#cent {
position:fixed;
left: 50%;
top: 50%;
border: 1px solid blue;
_position: absolute;
width: 160px;
height: 120px;
margin-left: -80px;
margin-top: -60px;
}
何の説明も無いのは不親切なので簡単に書きます。中央に表示させたい要素はp要素でなくても構いません。先ずはFirefoxやOpera向けに要素にfixedを当てています。しかしIEには効かないのでハックを利用してIEにのみabsoluteを与えます。この時に基準となるbody要素にheight:100%;を指定し、これまたハックを利用してoverflow: hidden;を指定します。しかしこのままではスクロールが不能になってしまうので、p要素以外の(別にp要素を含めても構いませんが)要素をdivで囲ってスクロールを出来るようにしてやります。
また、p要素にborderが付いているのはわかり易くする為なので必要はありません。htmlやbodyのmarginとpaddingも必要に応じて調整して下さい。p要素のwidthやheightはボックスとして認識させた方が、ずれることなく画面の中央に表示させる事が出来るからです。ネガティブマージンについてはLucky bagにも書いてありますが、left: 50%;やtop: 50%;はその要素が始まる位置を指定する物で、要素の内容が縦に伸びたり横に膨らんだりすると中央からズレてしまいます。そのために要素の大きさと、そのネガティブマージンを調整してやる必要があるのです。
これで説明は終わりですが、特にハックの箇所などを中心に、とてもスマートと呼べる代物ではありません。もっと上手く書く事も可能でしょう。こんな方法や書き方があるというトラックバックがあれば嬉しいなと思います。ついでに言えばあ、今確認したら Opera ではうまく行かないみたい。
というのは私のサンプルでも同様です。どうやらOpera特有のバグらしく、似たようなものでこんなバグはあったのですが、それとは少し違って、絶対配置要素のtopプロパティの値を相対値にしても上手く動作しないという感じなのですが、誰かこの解決方法を教えて下さい。
やる事が多い時ほどやる気が出なかったりする。そして得てして余計な事を考えたりしてしまう。ここ何日かはそれを繰り返している。このエントリもその典型。SUBARUのR2という車種のCMで、木村カエラ氏がその車種の特長であるカラーリングを主張する為に「雪白」「松葉」「瑠璃」「漆黒」「杜若」と色の名前を列挙した後にその頭文字を並べて「せまるしか…迫る鹿」「迫ってるのかぁ?」と言うと鹿が出てくるのですが、この「せまるしか」は五文字しか使用していません。本当は十一色あるのですが、これでは半数も表していない事になります。という訳で以下の十一色を含めた頭文字も併せて色々と(洒落じゃない)考えてみました。
SUBARUさん。次回作にどうでしょうか。なんだか僕秩チックになってしまいましたが適当に流して下さい。ヨシナガ氏なら「よろしくお願いします」とか「全員無視」とか「おかしいですよね(僕の頭が)」とか言って締める所でしょうか。それにしてもアナグラムって結構大変ですね。どうやら私には(創る)才能が無いようです。解くのは得意なのですが。
ところで真珠と漆黒が「し」で被ってるのは内緒。それからWebサイトでは漆黒(Sikkoku)と真珠(Shinju)とで「h」の扱いがバラバラなのも内緒。
こういうものも商売になるんだなぁという話。商売にするくらいだから自分の所がどれくらい口コミで広がっているか調べているのでしょう。ここも把握されたのでしょうか。
ところでどうやってデータを収集しているのでしょうか。独自データ収集システム
と謳っているくらいですから企業秘密なのでしょうが、通常のWEB解析からは得られないブログ独自の情報を分析し、リポートします。
と説明されているので興味があります。コメントやトラックバックの相関図やキーワードの出現頻度をリポートしてくれるようですが、どのようにして調べるのでしょうか。あるブログに突発的に出現したキーワードを調べる術はあるのでしょうか。閲覧者は多いけれども横の繋がりが薄いブログも存在しますし。やはり人海戦術なのでしょうか。だとしたら効率が悪すぎますよね。リポートの範囲や期間がわからないので何とも言えませんが、ブログの件数は日本だけでも数百万件あります。これだけの数の中でどのくらいの範囲をリポートすれば信用に値するのでしょうか。追って様子を見たいところですが、何のメリットも感じられそうにありませんし、もちろん報酬もないので実現しないでしょう。興味も持続しそうにありません。
一応Firefox使いなので答えてみました。
シェアが増え過ぎるとセキュリティ面での心配がありますし、余計な機能などが付きかねない。有料化などはないだろうが。ただしシェアが増えないと立場の確立や、開発のスピードやレベルが落ちるのではないかと心配です。まあ何にしても脆弱性は拭い切れない訳だから、シェアに関係なくその危険性は生じるのですが、できるだけその可能性が低くなるに越した事はないと思うのです。
つまりはシェアが伸びてもセキュリティ面での心配が無用ならばどんどん普及して欲しいけれど、そうでないのならば悪意のターゲットはIEに残しつつ自分はFirefoxを使い続けるという独善的な状態が良いなという事です。とりあえずIE主体の構図が崩れて欲しいと思っています。と言うよりもアクセシビリティを配慮したサイトが増えたり、ブラウザによる表示の違いが無くなればそれで良いと思うのですが。
警察庁がやっと重い腰を上げたのか、それとも技術や知識が追いついてきたのか、WWWで起こった問題に対しての相談所を設けた様です。ソースを見る限り必要のなさそうなフレームを利用していたりとガックリとするのですが、問題は中身なので言及しようとは思いません。ただ非常に読み難い。もう少し行間とか考えて下さい。しかも都道府県警察本部のサイバー犯罪相談窓口等一覧から他のページに行ってもフレームが解除されません。こういったデザインや構造、機能の面から見るととても安心できる代物ではありませんし、安全だとも思えません。それどころか本当に警察庁が管理しているサイトなのかとも疑う程です。いや、まあ 警察庁のサイト も酷いんですけどね。こういう公的機関のサイトって誰が創っているのでしょう?どこかに委託しているのか専門の人間が居るのか。なんだかおざなり過ぎる気がします。
そういえば少し前に 資源エネルギー庁 が原子力発電のWebサイトの運営に三年間で十億円を計上したとかいうニュースがありましたね。確か 原子力情報なび と 原子力のページ だったと思います。これで年間三億円ですか。溜息が出ますね。ちなみに 経済産業省自体のサイト は外部発注していて、それに要する費用は年間130万円だそうです。相場とか調べないのでしょうか。まあおそらく十億円の内の殆どは別の用途で使われたのでしょう。これに対して資源エネルギー庁は「ゲームやクイズなども提供し、使いやすいようにしている」と釈明したらしいですが、三分の一の年間一億円でも支払って頂けるのならば、現在よりも数倍素晴らしくわかり易いサイトを提供できる自信があります。そう思ったのは私だけではないでしょう。おそらく一番思ったのは経済産業省のサイト制作の委託を受けた会社でしょう。
ええっと、すいません。今までメソッドをメゾットと誤用していました。あー恥ずかしい。という訳で今回紹介するのは 綾瀬メソッド です。今までもんたメソッドとか高橋メソッドなるプレゼンテーション方法(それだけじゃないけど)がありましたが、どちらも面倒なだけで取り入れる気もなければメリットも感じられませんでした。しかしこの方法?ならば何か訴える物はあるなぁと感じました。
なぜに綾瀬?という突っ込みは置いておいて、確かに小難しい文章をを読むのに文字列ばかりだと目も疲れるし退屈です。そこに写真が一枚あるだけで雰囲気がガラリと変わる…ように感じる(それがどんな写真かどうかは別の議論)。それが人物ならばその人物が小難しい話を説明しているように感じるかもしれないし、動物ならばほのぼのするかもしれない。効果の程は曖昧だが、何か長文を書く折には真似をさせて頂くかもしれない。もちろん被写体はこちらで考えます。しかし文章と全く関係のない写真を貼るというのも少々抵抗がありますね。
ちなみにこれは逆綾瀬メソッド。あまりに単純で稚拙な内容の文章を高尚な文章に見せ掛ける為に堅い目の写真を利用する。アインシュタインやその他の博学な人物の写真だと更に効果が上がるかもしれません。ただしその本質は文章を読めば直ぐに見破られる上に、そもそも文章を読まれないかもしれないという危険性もはらんでいます。
追記です。どうして綾瀬なのかというエントリを記述されたようですのでリンクしておこうと思います。ついでなので遠慮していましたがトラックバックも送ってみました。
この度 キリンビバレッジ株式会社 が、キリンレモンシリーズの発売77周年を記念して キリンレモン ブラック なるものを6月28日から全国で発売するという。別にこれといって興味がある訳ではないのですが、なんとなく 日本コカ・コーラ株式社 の商品である コカ・コーラレモン と競合しそうだなぁなんて思っちゃったりしています。
ちなみに キリンレモン 77(セブンセブン) というのも既に発売されているそうです。
なかなか使い勝手が良いと思います。縦長のページも大きさを指定すれば一気にキャプチャできるし、出力サイズや画像形式も選択できる(どうしてgifがないの?)。これからにさらに期待をかけますと、MacユーザーがWindowsブラウザの見え方をチェックするのにも使えます。
これは逆の方が圧倒的に需要が高いと思われます。Mac版IEやSafariなどの表示をキャプチャする事ができれば私も頻繁に利用するでしょう。それからキャプチャはWindows版IEでJavaScriptがオンの状態で行われるようですが、JavaScriptは置いておくにしても、FirefoxなどのGeckoエンジン系のブラウザや、Operaなどのブラウザを選択できれば良いと思う。欲を言えばLynxなども視野に入れて欲しいと思いました。
私の中ではかなりの革命です。なぜ今までこれに気が付かなかったのか。きっとIEのhoverに対する実装が甘かったせいかもしれません。なにか 本家 とはCSSの書き方や画像の表示のさせ方が違いますが、一応動作しているので細かい詰めの部分は後で考えようと思います。表示させる場所や、拡大した後の周りのレイアウトの崩れを気にしないのならばpositionによる細かい指定は不要のようです(私はこちらの方が好み)。クロスブラウザかどうかはわかりませんが、閲覧想定環境 では意図通りに動作しているので良しとします。
何の影響なのか定かではありませんが、Firefox1.0.7では上手く動かなくなりました。
お気付きの通り、画像の大きさに関する指定はCSSで一括してしまっているので、画像毎に大きさを変えたい場合は不便です(その都度class指定を加えて行けばできますが。画像の大きさを指定するだけの別のCSSファイルを用意してみても良いかもしれません)。しかも代替縮小画像を用意せずに大きな画像を縮小して表示しているのでファイルサイズが大きな画像の場合は注意が必要です。しかし何かの画像付きのチュートリアルや、サムネイルを並べて写真を展示する場合など、画像の大きさが一定でも構わない場合などでは使い道があるのではないでしょうか。私には目からウロコでした。
ちなみにこの方法で最低限必要なのは以下の記述だけです。
a:hover
{
background-color: 適当な背景色(transparentだと駄目みたい);
}
a:hover img
{
width:拡大時の横幅;
height:拡大時の縦幅;
}
<p><a href="パス"><img src="画像パス" alt="代替" width="最初の横幅" height="最初の縦幅" /></a></p>
説明すると、a:hoverに対する背景色の指定はIEできちんと動作させる為に必要なのだそうです。最初に表示させておく画像の大きさもCSSで指定してしまう事も出来ますが、CSSをオフにした時の事や、class指定を用いて複数の指定をする場合には不便なので画像の属性として直接指定した方が得策なようです。そして親要素やa要素、もしくはimg要素にclass指定を用いる事によって、a:hover img.photo などのセレクタに width:拡大時の横幅; height:拡大時の縦幅; を新たに指定してやれば、拡大後の大きさも個別に指定できます。
先日の 風太の件 の続きです。もうなんでもいい。謝るのなら謝る。謝らないのならば謝らない。とにかく徹底して欲しい。一連のレッサーパンダに係る意見に行き過ぎた表現があったことをお詫びします。
などと書いておきながら、読んでみれば言い訳や自分の意見(そしてその正当化)ばかり。それが悪いと言っているのではない。それを動物園の公式コメントとして発表するのはいかがなものかと言っているのだ。
どうやら本人が動物園の公式コメントとして到らない点があったことを心からお詫びいたします。
と言っているところをみると、このゲンちゃん日記というのは個人の意見を述べる場ではなくて、動物園としての公式な見解を示す場らしい。それなのに最後はこれで私の意見は終わりにします。
と締め括られている。なんとも釈然としないものだ。ネット界隈をウロウロしていると頻繁に見られる個人ブログの極一方的な(ウンザリさせられて呆れ果てる)対応となんら変わらない。
今回の件について、その意見自体はそれほど非難されるようなものではない。しかしその発信の仕方に問題があったと私は思う。そしてそれについての抗議の対応でまた失敗を重ねたように思う。この一連の問題で私の中での旭山動物園の株は急落したが、その原因はもちろんレッサーパンダでも動物達でもない。
え〜っと、森永乳業 さんが時間をかけて高齢者や視覚障害者などに対するアクセシビリティを改善したらしいです。ソースを見る限りでは、本当に?という感じです。これ以上は検証した訳ではないのでノーコメントにしておきます。一ヵ月後の利用者の声というのを聞いてみたい気がしますが、その頃には忘れているかもしれません。
愛用しているブラウザFirefoxの話です。pdfファイルへのリンクをクリックするとAcrobat Readerが起動するので面倒だという事で、以前はpdfファイルへのリンクの前にアイコンを表示させたりして回避していたのですが、Ver1.0以降になるとその方法は使えなくなり不便に感じていました。それでも PDFファイルへのリンクにマークを付ける という方法があったらしいのですが忘れていました。それで少し前にpdfファイルのリンクをクリックした時の挙動を四種類から選べるという拡張がある事を知り、その日本語版を導入してみました。素晴らしいですね。これがあればうっかりとpdfファイルへのリンクをクリックしたとしてもキャンセルをすれば済むので楽です。また手放せない拡張が一つ増えました。
それと同様にmailto:を用いたメールアドレスへのリンクにも辟易していたので(今はメールクライアントを起動しないようになっていますが)、メールリンクを他のリンクと区別する なんてこともしていたのですが、この度、TargetAlert for Firefox なんていうもの凄く便利なエクステンションをみつけまして、早速導入してみました(ダウンロードは該当ページ左のメニューのDownloadからどうぞ)。
もうこれは感動です。pdf やら word やら xls やら zip やら js やら rss やら、とにかくファイルの種類によってそのリンクの後に小さなアイコンが表示されます。これなら間違ってリンクをクリックする心配もないでしょう(ん?と言うことは PDF Download は必要ない?いえいえ。私はそれでもクリックしてしまう自信があります)。もしもアイコンが邪魔だったら、ファイルタイプ別にオンとオフを切り替える事もできます。これでもうpdfファイルへのリンクをクリックしてAcrobat Readerが起動してしまって、その時間が無駄にするだとか、メールフォームへ行くのかと思いきやメールソフトが起動してしまったとか、ファイルのダウンロード先に行くのかと思ったらダウンロードファイルそのものでダイアログが表示されて驚いたなんて事がなくなるでしょう。欲を言えばリンクの文字列の後に付くのではなく、前に付くように選べたら良いなぁと思うのですが、バージョンアップを繰り返すうちに実装されるのを期待しましょう。動作イメージとしては Going My Way を見ていただくのがわかり易いかと思います。
とても面白そうだったので あれこれポップアップ に続いて導入してみたのですが、ActiveX の受け入れ状態によっては面倒な事に。なんだか色々な実験をする為のブログになってきた感じがします。
ところでこの操作の核となる JavaScript なのですが、何をどう書き換えて良いのかわかりませんでした。一応それっぽく書き直してみたのですが不安です。どこかに迷惑がかかっていなければ良いのですが。特に下方の超重要!!下のテキスト内のURLを自分がswfファイルをアップした場所の絶対URLにすること!!!!
の意味がわからず、どこも書き換えていません。なぜかと言うとvar swfURL = "soundunit.swf";と最初に定義していて、必要な箇所はvalue="' + swfURL + '"とかsrc="' + swfURL + '"ってなってるし。元のJavaScriptのファイルを見ると、var swfURL = "soundunit.swf";が無くて、必要な箇所にそれぞれURLが入っているので、私の予想では仕様を変更した時に注意書きを消さなかっただけなのかなと思っているのですが、そんな勝手な推測は止めてどなたかに助言を求めた方が良いかもしれません。
と言う訳で、なんとも身勝手で傍迷惑な話ですけれどもリファラとトラックバックを送ってみて、何か迷惑が掛かっている様ならばご指摘を頂けるようにしてみておく。使い方が間違っている可能性もあるのでとても心配だ。まあそんな目的よりも実際に利用しているページが紹介サイト以外に見当たらないので、何かのサンプルになればと思っている。ついでに書くと、ActiveXを無効にしている場合は動作しようとしないようにするのと、音がウルサイという人の為にオンとオフが簡単に切り替えられるようになれば良いかなと思う。私的にはJavaScriptはオフの状態なのでどちらでも構わないのですが。JavaScriptやActiveXをページ別に設定してもらえれば良いだけの話ですし。しばらく様子を見て評判が芳しくなければ中止しようと思う。
ところで私はこれが素晴らしい技術(アイディア)だと思うのですが、実際のところはどうなのでしょうか。(極簡易的な)○○メソッドよりも面白いと思うのですが、それに比べて反応が少な過ぎるように感じます。JavaScriptやFlashもあまり使用しない、Ajaxのなんたるかも知らない私が言う事ではないのかもしれませんが。さらに加えるならば fladdict.net blog には他にも面白いアイディアが豊富にある。例えば カラーピッカー などは非常に興味深いです。実際のサイトで利用するかどうかはわからないですけど、Webサイトを構築する場合の配色決定に用いる事もできます。コンポーネント指向Ajaxの世界 ではさらに想像を広げていらっしゃいます。残念ながら私の知識では全くついて行けていません。なにせ私は簡単なJavaScriptですら書くことができないのですから…。
追記です。私のFirefox(1.0.4)だとしばらく音で遊んでいると落ちます…。何かとの相性が悪いのか、私の使用法が間違っているのかは不明です。それからアクセス解析も異常な数値を返してきます。様子を見て続くようならば考えようと思います。
国立がんセンターのがん予防・検診研究センターで現状におけるがん予防指針が発表された。指針に対する私の現状は以下の通りです。
どうなのでしょうか。健康には自信が無い方なので心配です。食生活を中心に、しっかりと運動ができるような生活習慣にして行かないといけないなと思いました。皆さんはどうだってでしょうか。
興味のある話題。書籍を読んだ訳ではないのでレビューに関する感想になってしまうので薄っすらと書こうと思う。私は心理テストを行うのは好きだ。いや、少し違う。心理テストの設問に答えるのが好きなのだ。その結果や分析はまるで信じていない。それどころかそれが根拠になって重要な事柄が決定されてしまうのは酷いなぁと思っている。とくに血液型による偏見はどうなのかと思う。少し前の話だが、いじめの原因にもなっていると聞いた。
そうは言っても頑なに血液型による性格分類を否定する訳でもない。ABO式の血液型はその糖鎖によって決定付けられるのですが、体の中に流れている物に大まかな違いがあるのならば、大雑把な性格の違いがあってもいいんじゃないかなと思ったりもする。それと、A型はこんな感じ、B型はこんな感じと、誰が広めたのかわからないが、そういった情報が蔓延しているのは確かで、その性格診断を聞いて各個人が無意識の内に変化している可能性もなくはないとも思う。まあ個人で取り上げるのならばこんな曖昧な感じで捉えるくらいがちょうど良さそう。遊び感覚で接するのが良いかもしれない。それを何かに流用するには今のところ科学的根拠に乏しいらしいから。
この本の著者がどれだけ核心に迫っていて、その根拠がしっかりしているのかわからないが、本当に心理テストが当てにならないのならばこの本がたくさん売れて、心理テストが(遊び以外の公式の場で)何かに活用されて誰かが悲惨な目に遭うという不幸な事が少しでも減るようになってほしい。
四月の末辺りから小虫が多いなと気になっていました。それがアブラムシだと判明するのに二週間ほど要し、アブラムシが飛ぶのだと始めて知りました。それからエントリにするかずっと悩んでいたのですが、昨日ついにアブラムシの大群が網戸の隙間(もしくは洗濯物を取り込む時)に侵入したらしく、リビングがアブラムシだらけに…。夜になると白い壁紙やカーテンにびっしりでした(それまで気がつかなかった)。地道に一匹ずつ潰したり殺虫剤を撒いたりと大変でした。いったい何匹いたんだか。数百匹の単位でしょう。今でも蛍光灯の蓋にはアブラムシの死骸が溜まっています。はい。明日掃除する予定です。これが本当にただの気温の変化が原因だったら良いのですが。何か悪いことが起こる前兆ではない事を祈ります。妙に地震が起こりそうな胸騒ぎがしますが、周りが騒いでいるだけで気のせいでしょう。
以前から気になっていた あれこれポップアップ をこの度はじめて導入してみた。それもここFC2ブログで。ちょっと無理があるかもしれないと思ったけどなんとかなったみたいです。
FC2ブログでのファイルのアップロードではディレクトリを創る事ができないので、アーカイブをダウンロードして出てきたフォルダの中身のファイルをそのままアップロードしてみる。とりあえずはデフォルトの設定のままだが、私が閲覧を想定しているブラウザではそれなりに動作しているようで一安心した。とは言っても普段はJavaScriptをオフにしているので私自身がその恩恵を肌で感じることは少ないかもしれないが、面白いのでしばらく様子を見るつもり。いずれ引用部のcite要素の書き方などを変えようと思う。そしてtitle要素などをしっかり書いて行こうと思った。
ふと思ったことですが、設置の仕方など(機能や動作の仕組みなどではなくて)がcgiスクリプトを設置するのに似ていますね。始めてcgiを設置しようとする人の練習に良いかもしれないなと思いました。
もうあまり書く情熱はないのですが、トラックバックも受けたので(反応がないのが残念と書いた手前)ここで話を断ち切るのも良くないので少しだけ。先日 の続きです。Yang Mayさん が反響を受けてブログ内で詳しい考察しています。
一読しただけでは意味がわかりませんでした。どうして引用の話が出てきてしまったのか不明です。リンクは文章中で用いる場合に引用の意味合いが強くなる場合もありますが、単なる参照に過ぎませんよね。それは Yang Mayさん ご本人も 無断でリンクを張るのは著作権侵害? において次のように書かれています。
リンクとはホームページを他のホームページに結び付ける機能であって、 リンクを張るということは、 そのリンク先のホームページの情報にたどり着けることを示すに止まり、 その情報(著作物)を複製したり送信したりするものではないからです。 無断でリンクを張るのは著作権侵害?
とりあえずはこれを覚えておいて下さい。次に新しいエントリ内ですが、やはり可能性の話をしていらっしゃったようでそれについては納得しました。長々と書くのもあれなんで - Empty Talk - 辺りを読むとわかり易いかもしれません。それを踏まえてさらに続きます。
現段階では、ホームページを1つの編集著作物と考えた場合に、 その配置や構成が製作者により創作的に表現されたものであるとして、 特定の階層へのリンクが禁止されているにもかかわらず、 それに反する行為を行なうことは、 同一性保持権の侵害にあたるとの主張を否定し得ないとも解し得るのです。 ディープリンクについての考察
当方のコメント欄で 無理があると否定してしまった件 を仮定として示されています。申し訳ないです。可能性を突き詰めれば無理ではないのでしょうが、ここで先に述べた事を思い出して頂きたいと思います。『リンクはリンク先のホームページの情報にたどり着けることを示すに止まり
』ですよね?これは同一性保持権を侵害するに値するのでしょうか。いや、そもそもリンクってそんな意味なのかしらん。あるリソースとリソースを結び付けているだけに過ぎないような気もしますが。
と、うんたらかんたら書きましたが、私にとって結論はどちらでも良いのです。可能性は充分にあると思います。ただ Yang Mayさん ご自身の意見を知りたかっただけなので、個人的には、公表された情報について、それがどこ(どの階層)にあるものであっても、直接リンクを張ることを拒むのは、インターネット上に情報を提供するということの認識に反するのではないかと思います。
という意見が知る事ができて良かったと思います。
余談ですが、追記による訂正や修正は時間を明記して欲しいなぁと思いました。そうしないとトラックバックやコメントの流れがおかしくなる事も在り得るからです。と言う訳で、私もこれからは気をつけようと思います。
レッサーパンダの風太君が話題になってるのはご存知の通りです。この度その商標登録を巡って一悶着あったそうです。風太君はもともと静岡県の動物園からレンタル移籍している助っ人なのだそうですが、今回はそのレンタル元ではなくて、あの 旭山動物園(の副園長である坂東元氏)からレッサーパンダを『見せ物』にしないで
という緊急メッセージが発せられたという。
言っている事はわからないでもない。ただそれを動物園が言うかなぁという感じ。なんか話題を呼んでページが削除されそうなので引用しておきます。
最近レッサーパンダの見るに耐えないニュースが氾濫しています。どこのレッサーが何秒立った!レッサー様々入園者が増えた!名前を登録商標!昔のエリマキトカゲのブームを思い出してしまいました。いや,エリマキトカゲの方がまだましだったかもしれません。あれは良くも悪くも野生下でも見られる特徴的な行動だったから。
野生のレッサーパンダが普遍的に何十秒も直立する,あるいは立って歩く習性があって,これまで飼育下ではその行動を引き出してあげられていなかったのであれば「凄い!」ことです。しかし,よく考えてみて下さい。そうではないですよね。あの取り上げかたは「芸」です。「見せ物」です。というかレッサーパンダは解剖学的にも2本足で立つことは当たり前にできます。むしろ立つことができない個体がいるとしたらその方が問題です。「芸」以下ですね。
レッサーパンダは外を覗きたい,エサをもらえるかもと立ち上がっているだけで,その行為だけを抜き取って「凄いこと」として取り上げています。「ここのレッサーパンダ立たないんだって。つまんない」これがレッサーパンダブームが招いたレッサーパンダの見方です。
このような言い方は失礼かもしれませんが,一般の方やマスコミの方は素人です。私たちプロの側が,素人に短絡的に「受けること」を続けていていいのでしょうか?来年の今日,どれくらいの人がこのブームを覚えているでしょうか?
レッサーパンダを「見せ物」にしないで下さい。関係者の方お願いします。 ゲンちゃん日記
どれもこれもなんか引っ掛かる感じがします。先ずはこれまで飼育下ではその行動を引き出してあげられていなかったのであれば「凄い!」ことです。
ですが、つまりは調教して教え込む分には何も問題はないという意味ですよね。それでお客さんを呼ぶ、つまりは全国の動物園で行っているイルカのショーやらチンパンジーのショーならば問題はないと、アレは見せ物ではないのだと、そう言いたいのでしょうか。
次に「ここのレッサーパンダ立たないんだって。つまんない」これがレッサーパンダブームが招いたレッサーパンダの見方です。
ですが、これは仕方のないことではないでしょうか。「パンダが寝ててつまらない」「ライオンが動かなくてつまらない」と大差ないと思うのですが。しかもレッサーパンダは解剖学的にも2本足で立つことは当たり前にできます。むしろ立つことができない個体がいるとしたらその方が問題です。
と言っていますが、つまりは立つ所が見られない方が異常な訳ですよね。という事はそれをつまらないと見る見方はいた仕方の無いことなのではないかと思うのですが。…と思っていたら動物園の役割は、動物の生き生きとした姿のすばらしさを伝えること。立たないレッサーパンダには価値がないのか、と言いたくなる
とも言っているらしいです。誰もそんな事は言っていないのですが、そういう発想が出てくる方がおかしい気がします。
なんか動物愛護団体がこのような声明をしたのならわからなくはないのですが、動物園の副園長がこういう事を言うかなという感じです。この緊急メッセージについての意見の電話やメールなどが殺到していて賛否が拮抗しているらしいです。個人的には一時的かもしれないけどレッサーパンダが有名になって良かったのではないかと思っていますし、動物園関係者が何の考えもなくレッサーパンダを見せ物にしているとは思えないので、関係者からしてみれば余計なお世話なのではないでしょうか。
まあこうやって騒いでいるのは人間だけで、全国のレッサーパンダは素知らぬ顔で暮らしていることでしょう。
トラックバックのマナーについては色々な意見があると思う。そもそもが相手の管理しているリソースに自らの意思で手を加えるというものなので、その機能自体が充分マナー違反と呼べる類のものかもしれない。そんなトラックバック機能なのですから、そのルールやマナーを統一出来るとは思わないし、しようとも思いませんが、トラックバックについての傾向を集計しようという興味深い試み があったので、トラックバックを受けるような記事を書けるとは思いませんが、ここの方針を明示するついでに記述してみました。
正直言って驚きました。スクロール地図β版 なのですが、地図がスクロールするのです。百聞は一見に如かずです。一度遊んでみては如何でしょうか。まだ利用者が少ないからなのか、充分な対策が施されているからなのかわかりませんが、思っているよりもスムーズにスクロールしますし表示も素早いです。
livedoor地図はその場所にトラックバックも送れるので、その土地や観光名所、店舗や施設についてのエントリを書いたときなどは利用してみると面白いかもしれません。残念ながらスクロール地図にはまだ実装されていないようですが、正式版が公開される頃には何とかなるかもしれません。ん?でも場所が次々と変わってもページをリロードしないんじゃ無理かもしれませんね。表示されている場所のトラックバック一覧を表示なんていうリンクをクリックするとトラックバックの一覧が表示されるような仕様なら良いかもしれません。
長時間パソコンの前に座って同じ姿勢で作業をしていたりすると手首や腕、肩、首、背中、腰と体全体に違和感や不調を感じる事もあるでしょう。これを マウス症候群(腱鞘炎)と言ったりするのだそうです。私の場合は肩コリなどは余程集中していたりしない限りは無いのですが、マウス操作する時に手首を支点にして動かすのでその箇所が痛くなったりします。
さて、そのマウス症候群の症状に心当りのある方もいらっしゃるかと思います。そんな状況を見越したのか 筋トレ機能付きマウス なるものが サンコーレアモノショップ から発売されています。これでマウス症候群もスッキリ解消!となるかはわかりませんが、面白そうなので紹介してみました。
昨日の読売新聞のリンクに関係して著作権について調べていて見つけた記事で、いや、それは無いでしょうというお話。Yang Mayさんは トップページでなく特定の階層へのリンク(ディープリンク)を製作者の許諾を得ずに行うことは、著作物の一部分をカットする行為とも考えられ
と、拡大解釈をなさってそのような事をおっしゃっているのだと思いますが、同じブログ内のエントリーで次のようにも述べています。
リンクを張ること自体は、著作権侵害となりません。何故なら、リンクとはホームページを他のホームページに結び付ける機能であって、リンクを張るということは、そのリンク先のホームページの情報にたどり着けることを示すに止まり、その情報(著作物)を複製したり送信したりするものではないからです。 無断でリンクを張るのは著作権侵害?
これってどちらが本心なのでしょうか。リンクを張るということは、そのリンク先のホームページの情報にたどり着けることを示すに止まり
という事は著作物の一部分をカットする行為とも考えられ
と矛盾していますよね。どちらが正しいとか正しくないとかそういう話ではなく、Yang Mayさんが何を思ってこのエントリを記述したのかなというお話です。あくまでも可能性の話として出すのならば 無断でリンクを張るのは著作権侵害? のエントリがあるのは頂けない気がします。
そしてもしもここで示されているようなディープリンクが著作権侵害と認められるのならば現在wwwに存在するハイパーリンクの何割が著作権を侵害している事になるのでしょうか。私は最初に述べた通り著作権侵害には当たらないと思います。その理由については JimiBandrix に書かれている事と大差ないので割愛してみる。でもって逆に著作権侵害に当たるだろうと信じ込んで、賛同するような意見を書いてみようと思ったのですが、これがなかなか難しい。早々に諦めてこの辺りで投稿する事にした。だってディープリンクが著作権侵害なら引用なんて明らかに同一性保持権を侵害している事になるでしょう(引用は著作権内である条件の下で認められていますけども)。著作物の一部分をカットする行為
は直接当てはまるし、それを自分の著作物内で(改変はしていないにしても)公開しているし。という事はこのエントリはかなりの著作権侵害行為を犯している可能性がありますが、リンクや引用の削除を要求されれば対応しますので宜しくお願いします。引用に関しては ホームページで「引用」をするときに、気を付けなければならないこと に抵触していないので大丈夫だとは思いますが。
私はゲーム脳の考え方には否定的ですが、ゲームによるなんらかの能力向上があるという事は信じています。自分でも矛盾しているなと思う考え方ですが、サッカーを練習すると野球が下手になるわけではないという無理を押し通すような論理でゲーム脳の考え方を否定しています。いや、こんな無茶な理論で否定しなくても ゲーム脳 で検索していただければどのようなトンデモな話なのかわかって頂けるでしょう。いささか話題に取り上げるのにも気が咎めるほどに古い。
しかしながらゲームがなんらかの悪影響を及ぼす可能性があるとは思います。アメリカで公開されている過激なゲームなんかを見ると私でもこれはまずいんじゃないかと思うほどです。もちろん何か事件が起こったときに簡単にそこに飛びつこうとするメディアは浅はかとしか言いようがないのですが、それは視聴者(国民)が潜在的に安心感を得ようとしているからなのでしょう。何かの、誰かのせいにして自分がそれに近寄らなければ巻き込まれる事はない。事件に巻き込まれた人は少なからず本人にも責任があったのだと思いたい。そうすれば自分は事件とは無縁の存在で居られる。これは 宮部みゆき 著の理由か模倣犯に書いてあって私が納得した件です。そう言えば宮部みゆき氏もゲームが大好きだと聞いた事がありますが、彼女もまたゲーム脳なのでしょうか。
少し話が逸れましたが、なんとなくこのテーマを持ってきたのは私も「桃鉄」で日本地理を学んだ者の中の一人だからです。日本地図も書けない、世界地図なんて当然書けない、都道府県もわからない、自分の住んでいる場所がどこなのかも地図で示せない。そんな人も少なくなくなってきました。しかし桃鉄をやっていれば日本地図なんか直ぐに書けるようになりますし、都道府県どころか県庁所在地やその地の名産品やら祭りやらまでわかるようになります。だからどうしたと言われればそれまでですが、トイレのドアに世界地図を貼ったり、お風呂に九九を覚える為の道具を持ち込んだりするのと同じで、何かをしながら何かを学べるというのはとても有益だと思うのです。それも楽しんで学ぶ事が出来るのならばこれ以上の事はないかと。ですからこういったゲームが増えればいいなぁと、大人達の認識が変われば良いのになぁと思うのです。もうファミコン世代が親になっている時代なので、少しずつゲームについての捉え方も変わってくるのではないかと期待はしています。
そんな中 神奈川県であるゲームが有害図書指定を受け ましたが、本来こういうものは親が管理(教育)する事ではないのでしょうか。子供がどんなゲームをやっているのかわからないような状態では、子供が何をやっていても(例えば誰かを監禁していたとしても)気がつかないのではないでしょうか。極端な見方をするのならば、ゲーム脳=キレ易い=そのような成育環境と取る事も可能で、ゲームその物よりもそのようなゲームを熱中して長い間プレイしていられる環境に問題があるのではないかと思います。読売新聞にタイムリーな記事が載っていたので紹介しておきます。このような家庭が増えると良いのになと思いました。読売新聞は著作権に関連して、リンクについてああだこうだ煩いので直接アドレスだけです。文句は読売新聞に言ってくださいね。http://www.yomiuri.co.jp/net/feature/20050601nt02.htm (一緒に遊び楽しさ体感)
最後に、暴力的なゲームが増える事については私も感心しませんが、ゲームをひとまとめにして排除するような物言いはやはり避けるべきではないかと思うのです。シリアスゲームという言葉(概念)が定着し、少しでも有益で且つ子供が楽しめるゲームが増えて行くと良いのになと思います。でも最近は外で遊びなさいと言われた子供が公園で ゲームボーイアドバンス やニンテンドーDS、PSP を持ち寄って遊んでいるのを見るとなんだかなぁと思ってしまいます。カードゲームもまた然り。私も歳をとったということでしょうか。
まあ、あるだろうなという話。チャートの恣意的操作と言っているが広報活動とどれ程の違いがあるだろうか。買って下さいと呼びかけて賛同した物がそれを買う。別に擁護するわけでもないし、私はチャートにアニメソングがランクインするのも何だかなぁと思う方ですが、そういう時代なんだなと思うだけです。キャプラーのオールスター出場も同じです。ただ、それによって表面的な被害者が出てはならないと思う。CDに関わった人やキャプラーは何も悪くない。
ところでこの運動をもし法律で裁く事になったとしたらどのような法が適応されて誰が逮捕されるのだろうか。確か群衆を先導したり混乱を招いてはいけないというような法律があったような気がする(ことによっては威力業務妨害か?)。これが例えば選挙にかかわる事で、○○さんに投票しようとネットで呼びかけて、悪ふざけで票が集まったとしたらどうなるのだろうか。選挙区というものがあるから大規模には無理かもしれないが、なにか全国規模の国民投票的な物が存在した場合には歯止めが利かないかもしれない。
テレビ局はどうもインターネットが嫌いなようですよね。昔の映画界とテレビ業界の様なのだと言いますが、私はその時代を知りません。ネット産業のおかげでどれだけの利益と損失がテレビ局にあるのかは計算できないと思いますが、今のところは提携するほどのメリットがないのでしょう。しかし HDDレコーダーによるCMスキップで“損失”540億円 のような記事や、エキサイト、広告好調で営業益2倍に、ネット広告好調で過去最高 ヤフー純利益、47%増 などを読んでいると、今後の広告業界の動向が気になります。もしかしたらテレビ業界に見切りをつけてネット側に本格的にシフトするかもしれませんね。どのような形になるのかはわかりませんが。
もっと気になるのがどこかのテレビ局がネット企業と本格提携を結ぶ事になったら…いいや、もう業務提携云々ではなくて、どこかのネット企業がテレビ局(もしくはそれに準ずるもの)を設立してしまったらどうなるのだろうか。現段階ではネット(パソコン)利用者よりもテレビを視聴する人の方が圧倒的に多いのだろうが、時代は徐々にしかし急速に移り変わっている。大画面のパソコンが販売され、テレビも簡単に観る事が出来る。同じ操作でネットテレビ(仮)を観られるようになったら状況は変わるかもしれない。映画では映画の、ラジオではラジオの、テレビではテレビの、ネットではネットの人材がそれぞれ育つ事になり、それぞれを跨ぐ様に行き来する人材もいるだろう。つまりネットテレビがメインメディアの仲間入りを果たす事になるのだ。いや、もう既にその片鱗は充分に魅せているだろう。
テレビ局側から見た場合のネット業界の進出は この強大な力は侮れない という表現が似つかわしくないほどに強力だ。もしも著作権や肖像権関係の問題がクリアできた時にはコンテンツの再利用などで手広く事業を展開できる。しかもこの問題は自社で番組を制作したり、それようの契約を結ぶようにすれば乗り越えられない壁ではない。少なくとも既存のテレビ局の利益を横から掻っさらう様な業務提携を進めるよりは幾らか楽なような気がする。
最終的な問題はネット企業がどれだけそのノウハウを吸収できるか、そしてどれだけの魅力的なコンテンツを配信できるか、既存メディアに比べてどれだけのメリットを消費者に感じさせられるか、そしてどれだけの利益を見越しているかだと思います。私には試算してみたらあまり儲かりそうにないから尻込みしている様に見えるのですがどうなのでしょうか。テレビは公共的事業という概念が根強く残っているようで、それについての壁もあるのかもしれません。という事は私なんかが考えも及ばない新しい形のメディア発進が観られるようになるかもしれませんね。今後も期待してその動向を見守りたいと思います。