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赤い色が何故「赤く」見えるのか

波長は関係なく、受容体や脳の処理部分がその光に対してそのように解釈(もしくは反応)しているからでしょう。他にどのような説明が必要かわかりませんが、例えば赤色の波長が420nmになろうとも、脳の処理部分があの色と処理すればそれはあの色になるのです。その処理部分が人によって違えばある人にはこの色に見えるのに、違う人にはあの色に見えます。ですので質問に対する直接的な答えはedgeoverさんの脳がそのように処理(もしくは反応)しているからになるでしょうか。もしもその部分に何か問題が起これば波長に関係なく全てが白黒やセピアのような見え方になったり、現在見ている世界とは全く違った色の世界が存在するかもしれませんね。もしもネガポジ反転なんてされたらと思うと怖いです。でももしかしたら私が思っているネガポジ反転の世界が通常の見え方として何の疑問も無く生きている人が居るのかもしれませんね。私の見ている世界は通常なのでしょうか。あなたの見ている世界は通常ですか。

ああ、でもこの意見には決定的に弱い部分があります。それは脳に色の情報を処理する部分が本当にあるのかというのを私が知らないことです。まあ光を処理する部分があるので恐らくは存在すると思いますが。それからもしかしたらその色を脳が処理するに当たって経験やら記憶やらが関与しているかもしれませんが、それは直接的な事ではないので言及していません。

追記です。

700nmとか420nmというのは、物理量(現象)です。赤とか青とかいっていっているは現象ではなく認識(感覚・イメージ)です。つまり、700nm の光が、何色と呼ぶかは別としても自分の中にある色(A色)に見えた(感じた)。420nmの光が、何色と呼ぶかは別としてもある色(B色)に見えた(感じた)。とします。それが、700nmをB色に感じず、420nmをA色に感じない理由を知りたいのです。

それはまさしく杆体細胞や錐体細胞その波長を受容してある種の反応を返している(脳に信号を送っている)からでしょう。つまり700nmの波長を受容体が感じた時にはAという信号を送り(反応をみせ)、脳はそれを受け取ってあの色を描写し、420nmの波長を受容体が感じた時にはBという信号を送り(反応を見せ)、脳はそれを受け取ってその色を描写するのです。

質問に対して直接的に書くのならば、700nmをB色に感じないのは受容体がAという信号を送っているからであり、同じように420nmをA色に感じないのは受容体がBという信号を送っているからです。ですので700nmの波長を受けてもしも受容体がBという反応を返せばB色に感じることでしょう。つまりどの波長でも受容体が一種類の信号しか送らなければ脳はそれを全て同じ色としか認識出来ないのかもしれません。全ては波長を感じて脳に信号を送る(反応を示す)受容体のさじ加減、もしくはその信号や反応に対する脳の解釈の仕方に由来するのだと思われます。

さらに追記です

> その考えが正しかったとして地球がもし森林が赤色、血液が青色だったら > 赤が安心出来て青が落ち着かない…という風になったのかもと思います。

私が知りたかったのは、上記引用のもし…に関して、なぜそうならなかったのか(なぜ森林が今見える赤色、血液が今見える青色にならなかったのか)という疑問です。 はてな 赤い色が何故「赤く」見えるのか

なるほど。少し質問の解釈がズレていたようですね。なぜそのような仕組みになったのかを知りたかったのですね。でもこれはもう推測の域を出ずに、なぜ標準的に指が五本なのかとか目が二つで耳も二つなのに鼻と口が一つで…足が二本でというのと変わらないでしょう。進化の過程で偶然そうなった。そのような感覚器官を発達させた個体が生き残ってそうでない者は淘汰されていったという結果でしょう。子孫を残す為の遺伝情報の継承ですね。その方が生存競争で有利だったからではないでしょうか。でもそれだと別に赤が青でも、青が緑でも良い訳で、科学的には答えは出ないような気がします。なぜそのように器官が発達したのでしょうね。確かに不思議です。

でももしかしたら視力というものを持った生物から徐々に研究して行けばわかるかもしれませんね。最初は光の有無を感じ取るだけの器官だったのでしょうか。それから徐々に波長の強弱を感じ取れるようになって白黒(明度彩度)で物を判別できるようになり、そして色の登場になるのでしょうか。いったい最初に登場した色は何色で、何を目的としてその物を他と区別するようになったのでしょうか。やっぱり食べ物でしょうか。それとも天敵でしょうか。これ以上の思考は科学的ではないので止めておきましょう。それこそ哲学や宗教的な思想になりそうですし、そもそもその光(色)は何の為に発せられているのかとか、その物自体がなぜ存在するのかの話になってしまうでしょうから。edgeoverさんもその考察の方向性を限定している訳ではないらしいですし、これ以上は不毛でしょう。

ところで想像だけでハッキリした色を思い描くのって難しいですよね。例えば様々な色の折り紙が並んでいる様子を想像したとして色の違いまでハッキリと想像する事ができるでしょうか。物の形ならばある程度までは想像できますが、色の種類までとなると鮮明には思い描くのは難しくありませんか。また、夢の映像が色のある世界かどうか思い出してみても面白いかもしれませんね。

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