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明徳義塾高校の甲子園出場辞退と連帯責任

もうとにかくショックで、やっとエントリに出来るくらいに落ち着きました。第87回全国高校野球選手権大会の高知県予選を勝ち抜いた私立明徳義塾高等学校が全国大会(甲子園)の出場を辞退しました。理由は部員の暴力と喫煙だそうです。どこまでが事実かわかりませんが、一年生に対して暴力を揮っていたのは二年生と三年生を合わせた六人で、この内ベンチ入りメンバーは三人。そして喫煙をしていたのは一年生八人と二年生三人で、この中でベンチ入りをしていたメンバーはいないらしいです。とにかく書きたい事は一つだけで、どうして一部の部員の不祥事の為に他の部員の甲子園出場の夢が断たれなければならないのかということです。あまりに理不尽過ぎます。

連帯責任だから仕方が無い。そういう意見もあると思いますが、感情的にはとても納得がいきません。なぜ、どうしてそんな何の為にもならないような事がまかり通っているのでしょうか。この結論でいったい誰が幸せになるのでしょう。圧倒的に不幸になる人の方が多いような気がします。代わりに出場する事になった高知高校だって釈然としない筈ですし、県予選で明徳義塾に負けたチームだって納得が行かない筈です。どうしてこんな結果にしてしまったのか。監督や不祥事を起こした部員は出場を辞退するのが当然だと思いますが、真面目に一生懸命野球をしてきた部員だけでも出場させる事は叶わなかったのでしょうか。怒りや悲しみ、理不尽さや悔しさで私ですら涙が出そうです。匿名の情報提供者や、暴行を受けていた一年生の関係者はこの結果に満足したのでしょうか。

連帯責任ってそんなに大事なのでしょうか。何か悪い事をしたらとんでもない結末が待っているという事を教えるのがそんなに大事でしょうか。大事ではないとは言いません。しかし真面目にやっていた部員の夢や希望を潰してまで、不祥事を起こした生徒達に教えなければならない事でしょうか。これでは真面目にやっている部員が報われません。どちらかと言えば真面目にやっていたのにこんな理不尽な事があるんだな。なんか真面目にやるのなんて馬鹿らしい。と思ってしまう方が多いのではないかと思います。どう考えても今回の結論は負の遺産しか残さないような気がします。

それからそもそも彼らが目指すプロ野球の世界には連帯責任があるのでしょうか。誰かが不祥事を起こしてチームメイトが全員出場停止になったりした事があるのでしょうか。部活で教えるのはプロ野球の事だけではなく、社会に出て生きて行く為に必要な事なのでしょうが、それならそれで社会に連帯責任なる概念が無くなれば良いと思う。個人の行動が結果的に周りに迷惑をかけてしまう事は無くならないと思いますが、その決定を第三者である誰かが下すような世の中を変えてしまわなければならないと思う。社会に存在するから教育するという単純な流れではなく、社会に必要のないものは大人が積極的に排除して行かなければ子供達は幸せになれず、世代を超えて同じ世の中が継続されるだけだ。

どうにも怒りや悔しさが先行して書きたい事がまとまりません。とにかくかわいそうです。二度と同じような事が起こらないように徹底して貰いたいですし、処分の在り方も考え直して欲しいと思います。もしも今回の決定が間違っていないと言うのならば、向こう二年間は明徳義塾の対外試合は禁止されなければおかしいです。もしも来年や再来年に予選出場するような事があれば今年の三年生が全てを被ってしまった事になります。それはどう考えてもおかしいです。かと言って今の一年生や二年生の希望が断たれるのもあってはならない事です。やはり連帯責任という考え方や今回の出場辞退という決定は間違っていたのではないかと思います。

誤解のないように書いておきますが、喫煙や暴力は決して許されるものではありません。本人達や監督責任のある者の処分は当然だと考えます。また、高校野球連盟の幹部の方の話ですと事前に報告があれば当該選手を除いての参加は可能だったかもしれないとの事ですが、この報告というものはどれくらい重要視されなければならないものなのでしょうか。何度も言いますが、真面目に野球に打ち込んできた部員の夢や希望を潰してまで規則を当てはめなければならないのでしょうか。その責任があったのは監督であって選手達ではないでしょう。グラウンド上での悲劇のドラマは仕方ないが、グラウンド外の理不尽な都合での悲劇は勘弁願いたい。滞りなく進む開会式と入場行進を観ながら彼らの無念さを想う。

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コメント一覧

連帯責任

連帯責任についての感情的な部分は理解できるけど、大前提として高野連が準用する「日本学生野球憲章」で定められているから仕方無いと思う。本則で言えば、高野連が「日本学生野球憲章」を準用することに納得して連盟に加入しているのだから、出場辞退についても仕方無いとしか思えない。

ただそれを良い事と認めている社会については、多いに疑問はある。実刑を受けても数年すればブラウン管に復帰できる芸能人。全てを秘書の責任にする政治家。裁判に於いても事実を隠し長期化させる多くの企業。責任逃れする大人ばかりが目立つ社会に於、何ら説得力が無いのは事実だと思う。

その意味では汚い大人社会のやり方を準用させずに、潔い方法を用いる事に意義を見出しているのだとすれば、ある意味理解できなくもない。

  • 2005年 08月 08日(月) 14:47:37 |
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  • naka#upkHALyQ |
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責任の所在

今回の場合は感情が先立ってしまい、冷静な議論を展開するに至りませんが、責任の所在をハッキリさせて、純粋に責任のある者達への厳重な処分を願いたいと思っています。監督責任のある者、説明責任のある者など、とにかくそれらを有耶無耶にしてしまうような形は望ましくないと考えます。

変えられるのならば当該選手と監督責任のある者のみの処分をする様に「日本学生野球憲章」自体を変えたいと思ってしまったり。

それから今のところは潔さと取れるだけの余裕が私にはありません。部員に不祥事を起こした者が居て、監督が責任を取って辞めるといった事ならば潔しと思えるのですが、連帯責任として全てを巻き込む形ではやはりどこか納得が行きません。特に『事前に報告があれば当該選手を除いての参加は可能だったかもしれない』というのが引っ掛かっているような気がしますが、上手く言葉に出来ません。

もちろん「仕方が無い」とか「已む無し」といった意見も理解できます。ただ納得ができません。そう思うにはどこか妥協をしなければならないと言うか、感情を押さえ込まなければならない部分があって、それならばその原因を取り払ってしまいたいなと思うのです。まあどこまで行っても感情論でしかないのですが。

  • 2005年 08月 08日(月) 15:19:51 |
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  • rara@執筆者#d3xRQPUk |
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歪んだシステム

先ず確認なんですが高野連って文部省から許可を受けた財団法人、公益法人であって教育機関では無く、公益の名の元には個人レベルの多少の不利益は捨て去られる場合があり、そこに教育的配慮をもって指導を行う機関では無いですよね。

つまりは責任の所在について高野連が配慮するのは公益に照らし合わせた部分だけであり、学校レベルでの責任の所在は「学校でやってくれよ」って立場なんだと思います。責任の所在を追及する際、教育的配慮から指導を行うのも学校側の問題であり預かり知らないってところなんでしょう。

問題は、公益が何であるのか?高野連の権限はどこまでなのかだと思います。

仮に公益が「青少年の健全な育成」であり、そのための配慮から教育的指導を行うのであれば、出場停止、辞退、連帯責任でなくても行える指導はあるはずです。もし教育的配慮から連帯責任が最善であるのなら、何らかの校則違反が発生した場合、それに対する停学等の処分が全校生徒に連帯責任として負わされるはずですよね?でも現実は違反行為をした当該者だけです。これにより「連帯責任」=「青少年の健全な育成のための教育的配慮」では無いように思えます。

又「青少年の健全な育成」を中心に考えれば上記のように矛盾している部分があるにもかかわらず、「日本学生野球憲章」に記載されている条項が、あたかも教育指針であるかのように優先され、公益の明確なガイドラインさえ提示されていません。

そんな公益法人に参加しなければ、全国大会に出場できない現状にこそ問題があるような気もします。現状では文部省より高野連に権限があるような状態ですよね?逆じゃ無いのかな?あくまで教育の一環であるクラブ活動、又その全国大会を円滑に行うための機関として高野連が存在するべきであるのに。

だから歪んだシステムの中で行われている事を改善できない限りは、「仕方無い」としか思えないのです。高野連が独占的な立場である事を考慮しても、連盟への参加は基本的に任意であるはずです。任意である以上はそんな「歪み」さえも納得していると取られてしまう事になります。

もし本質的な部分で議論するのであれば、文部省、学校が本当に教育の一環として参加する上で、教育的配慮がなされたシステムであるのかを十二分に検証するべきであり、現状行われていない事にこそ責任の所在があると思います。

  • 2005年 08月 08日(月) 17:04:41 |
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  • naka#upkHALyQ |
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全てがなあなあ

どこが悪いのか。誰が悪いのか。何が悪いのか。明徳義塾が辞退をしたのか。高野連が辞退させたのか。きっとこれまた立場によってあっちが悪いこっちが悪いという話になるのでしょう。
> 文部省、学校が本当に教育の一環として参加する上で、
> 教育的配慮がなされたシステムであるのかを十二分に検証するべきであり、
> 現状行われていない事にこそ責任の所在があると思います。
というのにはその通りだと思い、何とか不毛な責任の擦り付け合いなんかではなく、もっと建設的な議論が進む事を期待するのですが、今のところは不祥事を起こした部員が悪い。それを報告しないで学校内で収めようとしたのが悪いと言うだけで、それ以上発展していません。結局「残念でしたね」の一言で終わらされてしまいそうな気がしてなりません。

高野連の「気に入らないんだったら参加しなければ良いじゃん」というような立場(実際はそうは言ってないかもしれないけれども、そのような態度)をなんとかしなければならないように思います。つまりは nakaさん の繰り返しになりますが、その辺りの事を検証、追求、改善しようとしない所に問題があるのかなと思うようになりました。

それから何となく“所詮は部活動”というところから脱却していないのかなと感じています。

# 春日部共栄。惜しかったなぁ。勝てない試合じゃなかったのに。

  • 2005年 08月 08日(月) 17:36:23 |
  • URL |
  • rara@執筆者#d3xRQPUk |
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それでもなあなあ

> 今のところは不祥事を起こした部員が悪い。
> それを報告しないで学校内で収めようとしたのが悪いと言うだけで、
> それ以上発展していません。

だって一番楽だもん…。(毒

  • 2005年 08月 08日(月) 17:55:58 |
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  • naka#upkHALyQ |
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