スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

記事にするまでのモチベーション

ネタはとにかくたくさん転がっているのです。それを記事にするだけの時間とその労力に見合うだけの何かと、書きたくなる衝動をどれだけ維持できるかが実際のエントリとして発表されるかどうかの鍵になります。その動機は何でも良いのですが、今日書こうと思ったのは 言いたい事はすぐ言え!!:ブログってこんなに難しいものなのかしら?の巻 を読んでの怒りでした。しかし別所でもっと次元の違う低レベルな論理を浴びてしまって怒りを通り越して呆れ返ってしまい、前述の記事に対する怒りも冷めてました。

こうなるともう書く気力はなくなってしまうので少しだけ。食べ残しもするだろう。ホワイトバンドを身につけるのも良かろう。ただそれをネタにしてまでブログに書いて笑いを取る必要があるのだろうか。そしてホワイトバンドを誇らしげに掲げる意味があるのだろうか。私は疑問に思う。悪意がなければ良いのか、ネタならば良いのか、笑いが取れれば良いのか、自分のブログならば良いのか、仮にも大勢のファンが居る有名人ならば(そうでなくとも)もう少し考えるべきでしょう。ブログを続けるか否かは勝手でしょうが、ホワイトバンドを外すかブログ(似たような記事を書くの)を止めるか選択した方が良いように思う。「貧困の国がなくなればいいと言う気持ちがあるんだ」には賛同出来ると言いながら、自分はホワイトバンドを身につける以外は何もしない、いや、しているのかもしれないし、何もしなくても良いのだが、ブログでは全く逆の事を書いているのでは話にならない。右手で握手をして左手で…というのは少しニュアンスが違うが(もっと適切な言葉があったように思うが思い出せない。確か唾を吐くとか何とか)、同じような事だ。ホワイトバンドは意思の象徴なのだから、食べ残しが貧困に直接繋がるか否かは問題ではない。二枚舌とでも言えば良いのだろうか。

まあどのみちそれほどホワイトバンドに縛られる(と感じる)くらいなら外してみてはいかがでしょうか。また少々の批判を浴びたくらいで書くのを止めるくらいならば最初からブログなど始めるべきではないし、不快感を与えたと思うのならば素直に訂正すれば良い。無駄に言い訳を並べたり中途半端な対応をするからややこしくなる。メディアに出る者には一般人とはまた違った責任も生じるのですから。

さて、そんなこんなで次の話題ですが にわかな奴ほど語りたがる という記事を読んで正にその通りだなと思いました。追求していけば行くほど書く必要性を感じなくなると言うか書けなくなると言うか書かなくなる。だからこそ私も高林さんのお知り合いの方と同じように書こうと思ったら直ぐに書くことにしている。後から読んだら赤面ものの、顔を手で覆うだけじゃ足りなくて、穴があったら入りたいようなものばかりですが、それでもにわかじゃないと書けない事も多数存在するだろう事を信じて書き続けています。

それにしてもここ数日苛立つ事が多かった。ちなみに少し前に苛立ったのは ジャーナリストが謝罪に訪れた人物の本名と写真をブログで晒す を読んだ時と、リンクはしませんが、2ちゃんねるの批判を書き連ねようとしてるブログを読んだ時です。人の振り見て我が振り直せと言いますか、2ちゃんねるの住民を散々批判している人を傍から見ると同列に成り下がっている例が多いように思い(という事は私も?)、少し怖くなりました。2ちゃんねるの例は極一部ですが、中傷や取るに足らない悪意、そして幼稚な論理に触れた時にいちいち感情を揺さぶられて何かを書くのは自分をそれ以下に貶める行為でしかないのだなと思いました。こうしてまた一つ怒りに対するフィルタが増えた今日この頃でした。


コメント一覧

コメントの投稿欄

Copyright © 2005 rara All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。