私は生きる事の究極の目的は生きる事なのだと思っている。昨日 こんな番組 を見てそれを再確認した。私はこの思想を持つようになってからというもの、どうして自分は生きているのかという事を考える時間が少なくなり、時間の節約になっている。元々そのような事を考えたりしない人にとっては理解し難い話かもしれない。しかしながら私はこのような哲学的な思想に耽るのが好きなのだ。一種の趣味と言っても良いかもしれない。
特に生きる事とは関係ないが、人間は映画を観たりドラマを観たり本を読んだりして感動する事が多々ある。昔はちょっとした事で心を動かされるのは格好が悪いと思っていたが、今となってはそれは損をしていると思うようになった。だから泣きたいと思ったら泣くようにしているし、感情を素直に表に出すようにしている。そうしないと精神衛生上あまり良くない。
しかしながら泣くまでに至らないが、胸を締め付けるような物語はあるし、所詮は他人の物語であるというどこか冷めた自分が居たりして中途半端に感動したままになる場合がある。特にそれがドラマだったりすると、一週間に一度そんな感情になってしまうわけだが、この感情に何か意味があるのだろうか。あえて言葉を当てはめるのならば“切なさ”とも言えるこの感情は悲しみと似ていてつらい。それでも止められない。他人の物語に自分の姿を投影して何らかの感情を得てどうなるというのだろうか。意味を探し求め続けるなんて無意味な事はしないが、このかすかな痛みを伴う感情を自ら追い求めてしまう理由を知りたいとは思う。まあ答えは既に出ていなくもないのだが。
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