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情報フロンティア研究会報告書(案)を読んで

もう終わった感がなくもないですが、事の発端は読売新聞がWebサイトで子どもはみなブログを持て!という記事を掲載した事に始まります。これに対してブロガー達が多くの異論や反論を唱えました。その結果子供にブログぅ?!…ブロガーたちが大ブーイングなどという記事が更に加えられたという流れです。

私は読売新聞の記事が何かズレているなと思いつつも静観していたのですが、遅ればせながらそれを書きたいと思います。先ずは情報フロンティア研究会報告書(案)のどこに子どもはみなブログを持て!とかあらゆる児童・生徒がブログを持つべきと書いてあるのでしょうか。私に見落としがあるのかもしれませんが、

こうした課題を克服する方策の一つは、義務教育課程である初等・中等教育の段階で高度なICTリテラシー教育を行うことである。個人のICT利用意識の向上にも関連するが、ICTにより実現されるバーチャルな環境を、現実社会と同じ感覚で活用すること、すなわち、サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と交流することを自然の術として身につけるための教育が必要である。 情報フロンティア研究会報告書(案)

と書いてあるだけで、どこにもブログという言葉は登場しません。確かにブログについての位置づけに関して注目しているという文章がありますが、それが特にICTと結びつけて書いてあることは無いようです。もちろん読み方によってはサイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と交流することという箇所を抜き出して考えれば、その役割を担う物としてブログやSNSが登場するのかもしれませんが、読売新聞の記事も含めて、そのような読み方はある意味では曲解でしょう。そう思うのは次のような提言もあったからです。

一方、既に義務教育課程を修了している大多数の世代について同様の高度なICTリテラシーを授けるのは困難であるが、地道に啓発を続けるしかなく、例えばブログ等の簡便な情報発信・交流ツールの普及がその一助になると思われる。 情報フロンティア研究会報告書(案)

つまりは義務教育の最中である子供ではなく、義務教育を終えた大多数の世代が高度なICTリテラシーを授かる為にブログ等のツールがその助けになるという事だ。言っている事がまるで逆である。子供はその教育過程においてサイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と交流することを学び、既に義務教育を終えた世代はブログ等の簡便な情報発信・交流ツールを用いて高度なICTリテラシーを授かりましょうという話なのだ。それが何をどう間違えたら子どもはみなブログを持て!というような話になったのでしょう。百歩譲ったとしても、ブログはICTリテラシーを授かる為のツールとして適当だ。それは大人も子供も同じであるという解釈しかできないのですが。

と、まあここまでツラツラと書きましたが、私はそんな事を書きたいのではなく、漠然と感じる不安について書きたいのです。私は子供がブログを持つのには反対ですが、ある厳しい一定の条件の範囲内なら良いと思います。しかしそれでは結局の所ICTリテラシー教育にはならないと思うのです。その条件とは親や教師が全てを把握する事です。そして問題が起こった時に適切な対処ができる能力を身につけている事です。これは簡単な事のように見えて難しい。そして必要なさそうに見えて必要です。これができなければ悲劇は繰り返されるでしょう。ここで言う悲劇とは様々な事件のことを言っています。しかし私が顕著に思い出すのは長崎県の佐世保市立大久保小学校で起こった事件です。その流れについては此処では追いませんが、周知の事でしょう。簡単に言えば匿名であるが上の暴挙。そしてそれが誰であるか判明した時の顛末。それが恐ろしいのです。逆に言えばこういった側面があるからこそブログがICTリテラシー教育に適しているのでしょうがやはり怖いです。これは公開の範囲を学校内に狭めたりPASS制にしたところで同じ事です。私はWWWに子供達のブログが広まる事や、ブログを強制する事などについて思慮している訳ではありません。

ネットを少なからず利用している人はこの世界が現実の一端でありながら、現実とは全く違う世界である事を知っています。特にブログを開設して横の繋がりを把握したり、多くの人間(もしくは人格)と接する事によって、その有益性や不気味さを味わっているしている筈です。つまりはブログを行う事によってICTリテラシーが養われているというのは事実だと実感しているでしょう。その人々(私も含めて)が子供にブログを持たせるのは良くないと反発するのには数々の理由があることでしょうが、私はICTリテラシー云々よりも、もっと他に教えなければならないことがあると思うが為の反発です。或いは危機管理とでも言いましょうか。最後に、教育を受けるべきなのは教育を施す側なのではないかと書いて、一先ず終わろうかと思います。

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