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匿名とか実名とか

今日のエントリはこの記事を受けての反応なのですが、例によって例の如くこれは先取りの報道であって、事実がどうなるのかは今週初めに発表されるという総務省の情報フロンティア研究会の最終報告書を読んでみない事には何もわからない。ですのでそれについて書くのは時期尚早でしょう。それにも拘らずこうして書いているのは、おそらくそれについて書く時に、匿名や実名についての考え方が不可欠になるのではないかと思うので、先に自分の意見をまとめてしまおうという話です。

匿名について語るにあたって幾つかの疑問が生じました。その中でも代表的なのが、そもそも匿名とは何なのかという事とインターネットってそれほど匿名性の高いものなのかという事です。インターネット上での匿名の定義が曖昧過ぎて論じるにも骨が折れます。例えば私のraraという所謂ハンドルネームも匿名なのでしょうか。匿名だとしたらそれではこれがなんという名前だったら匿名ではなくなるのか、そしてそれが匿名では無いと判断する為には何が必要なのか、そう考えた場合には戸籍の話にまで発展してしまい、収集がつかなくなってしまうでしょう。全ての人が実名でインターネットを利用しなければならなくなった場合の時を考えると、接続業者との契約の時点で名前が決められる事になり、国内のインターネットをそのようなシステムに再構築するには相当の労力と時間が掛かると思われます。それはまず不可能でしょう。ほら話が分散してきて良くわからなくなってきた。

話を戻すと匿名とは何なのかという話です。芸能人と呼ばれている人達が使用している芸名はどうなるのでしょうか。おそらくそれは匿名ではないと判断されるのでしょう。それはなぜか。私は名と実が結びつくからだと思うのです。つまりはそれを逆に言い換えると名前と実が結びつかないものを匿名とするのが妥当なのではないかという訳です。その考えからいくと、インターネットと言うものはそれほど匿名性の高いものでは無いと思うのです。技術的な事はわかりませんが、完全匿名にする事は可能なのでしょうか。簡単だと仰る方もいれば、無理だ、もしくはやるにしても相当のコストや労力がかかると仰る方もいて判断がつかないのですが、それは現実社会でも同じではないかと思うのです。調べようと思えば調べられるが、そのコストや労力に差が出る。その話を匿名だとか実名だとかにすり替えるのはお門違いなのではないでしょうか。

という訳で匿名であるとか実名であるとかにそれほど意味があるのではなく、現実社会で生活している実の部分にどれだけ簡単に接触できるかが問題なのでしょう。そう思うのは、私の本名(戸籍上の名前)が篠井水流だとここに発表した場合、rara=篠井水流という関係がわかる訳ですが、そこから現実社会に生きる篠井水流に対して「こんにちはraraさん」と話しかける事ができるようになるまでにどれ位の手順を踏まなければならないでしょうか。しかも普段はある家元の十四代目で三條院飛鳥という名で世間に知られているとしたら、私の実名とはどれになるのでしょうか。さらに極近い仲間内ではやはりららという通称で呼ばれていたり、言霊思想があり、その真名は本人である私ですら知らないとしたらいったいどれが実名になるのでしょうか。例えそのどれかの実名を使用していたとしても、人によってはそれは君の本名ではないだろうと思われてしまいます。そうなるとその名前が作り物や嘘であることを見分ける必要はなく、それぞれの名前が横の繋がりを持っているか、そして最終的には実の部分に結びつくかが問題になるのではないかと考える訳です。という事はここでは篠井水流という名前も三條院飛鳥という名前も何の意味を持たず、例えばそれがジェニファーだろうとポチだろうと変わりはなく、ここで私というものを表している名はraraでしかないのだなあと改めて実感してみています。

そう考えるとやはり匿名云々は繋がりに過ぎないんだなと思うのです。rara篠井水流三條院飛鳥ららも同じ人物であり、篠井水流である私と接している人にとっては三條院飛鳥は仮の名であり匿名に過ぎず、それはどの面から見ても同じことです。例えばオフ会でも開いてraraである私と接した人にとっては他の名は全て意味の薄い名になります。その人にとってはraraが私の実名になり得るのです。だからおそらく匿名というのはその人の住所、存在している場所に辿り着けない物であって、実名というのは簡単に本人に辿り着ける物をいうのでしょう。だとしたらその名は何でも良くて、結局それは名前云々の話ではなくて、詰まるところネットを利用する場合は住所(接続先)を公開しなければならないと同義になると思うのです。

そこで二つ目のインターネットってそれほど匿名性の高いものなのかという疑問に繋がります。例えば私の住んでいる場所って調べられますか。簡単ですよね。接続業者に情報の提供を求めれば良い(それができる権限があるかどうかは別の議論)。まったく匿名性の欠片もありません。世の中には色々な技術があって、高い匿名性を保持する事も可能なのかもしれませんが、それが可能で、日常的に利用している人はどれくらい居るのでしょうか。恐らくその殆どが少し調べれば辿れる位の距離にしか居ないでしょう。これのどこが匿名社会なのか理解できません。私がある特定の人物の戸籍上の名前や接続元の住所を簡単に知ることはまず不可能ですが、それは匿名性が高いというのでしょうか。ある権限を持った組織(直接的に言えば現状では警察)がそれを把握できればそれで良いのではないかと思うのです。それともそれすら難しいのでしょうか。確かにネット上には取り締まるべき情報が無数と言っても良いほどに存在して、その全てを辿るのは不可能かもしれませんが、現状ではまだまだ怠慢だと言われてしかるべきレベルだと思うのです。

そしてここから匿名もしくは実名でインターネットを利用することについての意見を書いていくという流れなのですが、それは先にも述べた通り、情報フロンティア研究会の最終報告書を読んでからにしようと思います。おそらく個人情報の保護法案との矛盾点、個人情報の過度の秘匿、匿名である事が犯罪の温床になっているのか、匿名でも実名でも犯罪は犯罪だということ、ICTリテラシー教育とのズレ、問題点の細分化、情報量を制限(されないだろうが)する事によるデメリットなどの観点から記事を書くことになると思いますが、もしかしたら書かないかもしれません。

ちんたらとそんなことを書いていたら情報フロンティア研究会報告書(PDFファイル)が公表されました。これから読んでみようと思います(もう飽きましたが)。PDFファイルでは読み難いと仰る方は徳保さんが主要資料をHTML文書へ再構成して下さっているのでそちらをお読みになられてはいかがでしょうか。もちろん転載物を読む時の注意点を忘れないようにして下さい。

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コメント一覧

匿名性はそんなに高くないかもしれませんが

警察が動いてくれるほどの嫌がらせはほとんどなく、プロバイダが請けあってくれるほどの荒らし行為も、実際にはあまり無いです。
「コピペ同文大量書き込み」であれば、トラフィックの面から対応してくえっるでしょうけど、単に意見の食い違いは、不快な思いをするだけで、サービスが取り合ってくれる事ではないです。

荒らしにたいする悪質なものとちょっとしたいたづらを、どこで区分するか、ユーザーとサービスには大きな隔たりがあるから、匿名性は結構守られている、と思います。

  • 2005年 06月 29日(水) 08:26:25 |
  • URL |
  • えっけん#SFo5/nok |
  • 編集 |
匿名性についてのメモ

初めまして、ミスターIT(大学講師/弁護士)です。

コンピュータのセキュリティの白浜シンポジウムというところで、raraさんの見解と同様の見解を発表してきました。
そのときの資料をURLにあげてあります。法律家が、この点についてこういう考えをしている者もいるというなにか参考になれば、幸いです。

私的には、この論点が今年になってから、再度、論争というかたちで再燃してしまいました。でも、その議論が、下向きのベクトルしかないのがすごく残念です。
今回の議論をきっかけに、たとえば、現在の制度を見直すとか、ほかの国の制度との比較はどうかとか、ネットが輝いて見えた「あのころ」のように、ポジティブな議論になってほしいなと思ったりしています。

とても参考になります

◆ えっけんさん

一応はじめましてですね。
先日はトラックバックでお邪魔しました。

そうですね。現段階では警察やプロバイダが動くような事は少ないようですね。
現実に訴えれば簡単に名誉毀損(を始めとする罪)になるような事も平気で公開していたとしても、
余程の事が無い限り警察は動いてくれない。この辺りが匿名性が守られてしまっている所以という事ですね。
もしもこれが直ぐに捕まるようならば匿名性が守られてる(高い)とは認識されなくなるのかもしれませんね。
権力の不介入による匿名性の維持という状態は認識していなかったので、とても為になりました。

まだ、あまり意見がまとまっていないのですが、
この警察やプロバイダの不介入(ある種の怠慢、もしくは諦め(量が多いですから)、認識の相違)が、
ネット社会と現実社会の隔たりをより濃くしているのではないかとも思っています。
結局そのままでは不信感は払拭されずに、
なかなか『情報フロンティア研究会』の望むような世界を再構築するのは難しいようですね。
先ずは秩序と規律をきちんと取り締まるようにするのも必要な気がします。
どこか現状のイラクに通じるような気もしますが、そこまで話を飛ばすのは止めようと思います。

この辺りの事は次のエントリでまとめようと思っています。


◆ ミスターITさん

はじめまして。

資料をありがたく拝見させて頂きました。
http://www.sccs-jp.org/SCCS2005/
こちらのシンポジウムのようですね。
まさかそういった所で講演を開かれるような方からコメントを頂けるとは思っていなかったので少々驚いています。
でもこうして法律家と呼ばれる方の貴重な意見を知ることが出来て、
(また、このブログの読者にも読んでもらえる事が出来て)
とても嬉しく(もしくは心強く)思い感激しています。

法的な整備、取締りの強化が進む事によるネットの安全性(信頼性)の向上、
そしてそれに伴う社会でのネットの地位の向上(確立?)、活発化、日常化を節に祈ります。
この論争をその第一歩として良い方向に向かうようになると良いですね。

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私なんかには思いも浮かばないような可能性がネット(情報通信技術をはじめとした複合的な技術)には秘められているはずで、
これからも生活に根付いたますます便利な活用法(ユビキタスなどと呼ばれるもの)が開発されて行く事でしょう。
それなのにこうした(ある種)不の部分の議論をいつまでも引きずるのは得策では無いように思います。
ミスターITさんが仰るように、ポジティブな議論を展開し、これからに繋がるような過程や結論が出る事を望んでいます。

  • 2005年 06月 29日(水) 12:07:30 |
  • URL |
  • rara@執筆者#d3xRQPUk |
  • 編集 |
ネットは完全匿名なのです。

 ネットが本当に匿名なのか?という疑問ですが、私はほぼ完全に匿名であると思います。

 プロバイダ(ISP)に情報の開示を求めるという手段はありますが、現状では発信者を特定するIPアドレスは毎日のように変更して割り当てられていて、その時誰がどのIPだったかという記録もISPにおいてごく短期間しか保管されません。
 また、ISPには利用者情報を開示しない代わりに該当情報を削除する権限がある場合が殆どですから、例え正当な理由があったとしても、その開示情報を得るのは極めて困難と言わざるを得ません。
 それから、今増えつつあるblogサービスの殆どは、フリーのメールアドレスとパスワードの設定のみでアカウントの取得が可能です。よって多くのblogサービスはユーザーが誰なのか(誰、というのは法的な責任を問う対象の所在がどこなのかという意味で)把握していません。(そのかわり、blogサービス運営者側に自由に記事の削除が可能な規約があったりします)

 この様な環境が続いていけば、自然、利用者に「インターネット=匿名=実社会のモラルと乖離した何でもアリ世界」という意識が根付いてしまう事は予測しうる事(というか現状)です。
 情報フロンティア研究会報告書は私も目を通しましたが、私はこの提言に概ね同意です。技術的にも、NTT東西のBフレッツをはじめIPv6の導入が徐々に進んでいますし、コンパクトでセキュアなブロードバンドという意味ではシスコやアッカが技術の提供を始めています。

 残念なのは、メディアの恣意的な記事によって、多くの議論が「匿名or実名」という発想へそれてそこで終わってしまっている事です。
 私も近いうちに「匿名もしくは実名でインターネットを利用することについての意見」を書いてみようと思います。raraさんの記事も楽しみにしていますね。

追伸、背景画像がメチャかわいい!

  • 2005年 06月 29日(水) 12:56:23 |
  • URL |
  • hal*#Pe0og0Jg |
  • 編集 |
やっぱり匿名社会

はじめまして。

> 現状では発信者を特定するIPアドレスは毎日のように変更して割り当てられていて、
> その時誰がどのIPだったかという記録もISPにおいてごく短期間しか保管されません。

これはかなりの問題ですよね。
ログの保持期限を病院のカルテのやコンビニの防犯カメラの保持期限のように決めたとしても、
それは膨大な量となり過ぎてISPに多大な負担を課す事になりますでしょうし。
この辺りを何か妙案(もしくは原始的な方法)で解決しないと、この問題の先は見えないかもしれませんね。
リアルタイム(もしくはそれに近い状態)で監視できれば(無理か)違うのでしょうが、
それはそれでまた違う問題が発生しますね。


> blogサービスの殆どは、フリーのメールアドレスとパスワードの設定のみでアカウントの取得が可能です。
> よって多くのblogサービスは
> ユーザーが誰なのか(誰、というのは法的な責任を問う対象の所在がどこなのかという意味で)
> 把握していません。

そうですね。でもサービスが把握しなくてもそれを警察などが辿る事は…やっぱり不可能かぁ…。
最初のフリーメールを習得する時のアドレスを使い続けているとも限らないし、
途中のどこか中継のフリーメールを解約すれば良いだけの話ですもんね。
結局『全ての通信ログ』がどこかに残されていれば可能になるのかも知れませんね。
それでも契約者名を偽れば…とそこまで考えを広げると現実社会と交錯してしまいますね。
でもネットを生活の基盤として取り入れる事を考えるのならば、
そこまで追求した法整備を考えなくてはならないかもしれません。
この辺りが結局のところ実名云々の話になるのだと思われます。


> 「インターネット=匿名=実社会のモラルと乖離した何でもアリ世界」という意識が根付いてしまう事は
> 予測しうる事(というか現状)です。
> 情報フロンティア研究会報告書は私も目を通しましたが、私はこの提言に概ね同意です。

それらを払拭するが為の情報フロンティア研究会の提言という事ですよね。(それだけじゃないですが)
極端に偏った思想があるのならばそれは叩かれるべきで、
そうやって再考に再考を繰り返して最高の物を…(ん?


> 残念なのは、メディアの恣意的な記事によって、
> 多くの議論が「匿名or実名」という発想へそれてそこで終わってしまっている事です。

実際に釣られまくってる人が大勢いますね。
敏感になるという事はそれだけ注目度が高いという事の表れでしょうから、
それはそれで許容範囲ですが、確かに議題が逸れてしまっているのは残念に思います。

どうやらこういった個のブログの記事であっても、数が集まれば、メディアを通してかもしれませんが、
「市民レベルで広がるブログに国が関与しようとすることに対し、反発があるのは当然だろう」
「政策に対する反応がリアルに見られるのは貴重だが、これほど反発の割合が多いと傷つく」
と担当者に言わせるほどの影響はあるようなので、
多数の建設的な意見が投稿されればと思います。
その理由は、その個々の能力や知識量、影響力の問題ではなく、
たった十三人( http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/050309_3.html#bs )を中心とした
小さなコミュニティの意見が国の方針となってしまうのに違和感を覚えるからです。
実際にそういった事を危惧?している方もいらっしゃいました。
(リンクは次の記事にしようと思っています)

/*追記です*/
と、思ったのですが、なかなか上手く文章に組み込めなかったのでこっちに追記します。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050628#p2(愛・蔵太の気ままな日記)
http://bewaad.com/20050629.html#p01 (bewaad)
/*ここまで*/

> raraさんの記事も楽しみにしていますね。

ありがとうございます。若干ながら書き疲れもありますが。
しかも、情報フロンティア研究会報告書には匿名云々に触れている箇所が想像よりも遥かに少ないです。


> 追伸、背景画像がメチャかわいい!

配布している素材屋さんが聞いたらとても喜ぶんじゃないかと思います。
このサイトもまずこの“素材ありき”のデザインだったので。

  • 2005年 06月 29日(水) 14:47:39 |
  • URL |
  • rara@執筆者#d3xRQPUk |
  • 編集 |

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