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もうこれはそのとにかく読んでみたくなりました。前々から興味のある分野です。私は本当に宇宙が存在しているとするのならば、宇宙人(知的地球外生命体)は存在すると思っています。ただしそれが地球人と同時に存在する可能性は低いと思います。と言うのもドレイクの公式を見て頂ければわかりますが、地球人と同じような生命体が存在したとしてもその生命体と通信できる可能性だけを抜き出してもかなり難しい事がわかります。地球人類だって宇宙や地球の歴史に比べれば瞬く間も無い程の歴史しかなく、ほんの二千年足らず(いや、実際は百年でも)前になっただけで宇宙(地球外知的生命体)からの信号を受信する事は不可能だったでしょう。そう考えると圧倒的な時間や距離の中で知的生命体同士が交信できる可能性など無に近いと思います。
しかしながら無に近いだけで可能性がない訳ではない。明日突然現れるかもしれませんし、もしかしたらもう既に現れているのかもしれません。これはSF的な話をしたいのではなくて、そういう可能性もあるという事です。本の内容ではなく、橋本大也さんの書かれた記事の「宝くじに当たる確率は、当たるか、当たらないかの2分の1だ」と言った友人がいた
というのが面白かった。例えその確率が1/10000000000000000000だとしても、一回目で当たって残りの9999999999999999999回が外れる事もあれば、五回連続で当たって残りの…(略)が外れる事もある。まあそういう事なのでしょう。このような話をしていていつも思い出すのは、人類の最大の不幸は火星に生命が存在しなかった事だというような言葉です。誰が言ったのかも忘れましたし、言葉も正しいかどうか不明ですが、地球外に知的生命体が居れば、地球内の戦争は無くなるかもしれないという様な類の意味だったような気がします。外に争う相手が居ないから内部で分裂するという事でしょうか。
そして宇宙の話をする時に考える事がもう一つあって、それはこの世界の大きさについてです。宇宙は無限に広がり続けていると言いますが、それってどれくらい大きいのでしょうか。例えばその宇宙の外側について想いを馳せると、その外にはこことは時間の流れの違った世界があって、知的生命体や高度な文化が存在するのではないかと思ったりするのです。例えば私達が動物を飼育したりするように、その生命体は銀河を育てているという構図です。要するに私達の世界はその世界ではほんのちっぽけな、小学生が夏休みの自由課題で創った銀河の片隅の地球という所に暮らしているに過ぎない、そしてその世界の生命体からすれば私達は顕微鏡でやっと見えるくらいの大きさでしかないのではないかという様な想像です。
なんて考えてみても真実はわからないのですが、そんな風に想像力を働かせるのも時には面白いかなと思います。個人的には宇宙どころか、地球が丸い事も、世界や日本が地図のような形になっていることも、あまり信じていないのですが。
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